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開設以来のバックナンバー

書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

左上の ▶ 再生ボタンを押して下さい。バッハ、イタリア協奏曲が流れます。もう一度押せば止まります。

壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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カテゴリー「仏典を学ぶ(月例聞法会)」の8件の記事

2016年7月29日 (金)

観音経を学ぶ

地元の檀信徒会が主催する夏季一週間の 「お経を習いましょう」 が始まりました。

昨年の 「般若心経」 に続き、本年は 「観音経」 を勉強させていただくことになりました。

高齢者の仲間入りを前にして、抵抗なく 「お経の世界」 に入れることは自然な流れと感じる次第です。

会場は、真言宗醍醐派 愛護山 (善光寺安乗院)  美濃四国第1番札所です。

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み空の星は観世音菩薩がわれを看(み)まもりたまふ瞳(ひとみ)である。梢(こずえ)に鳴る風の音(ね)、小川の潺々(せんせん)たる囁き、これら全ては観世音の吾(わ)れに告げ給ふ御言葉である。

自然界の凡(あら)ゆる力は吾れを生かさう生かさうとしてゐる力の顕(あらは)れである。吾が住む世界は最早未知の世界ではないのである。吾は此の世界を理解し、此の世界は吾を理解してゐる。(中略)

吾はいま眞に「愛」そのもの「智慧」そのものに導かれて平和の道を歩んでゐるのである。  「日々読誦三十章経」より一部抜粋

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観世音菩薩の妙智力とは、心の法則でしょうか・・・

今はただ、ご住職について必死に読経するだけです。

2015年1月12日 (月)

歎異抄を学ぶ3 宇宙を支える大誓願

月1回の「歎異抄」勉強会。 第一章は特に有名です。(テキストは大峯顯 誓願の不思議を使います)

「弥陀の誓願不思議ににたすけまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏まうさんとおもひたつこゝろのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。・・・」

この部分を、大峯顯氏は著書「誓願の不思議」の中で、「 十万世界の念仏の衆生を助けることができなかったら自分は阿弥陀にならないと誓った法蔵菩薩の大誓願こそ、宇宙の中の生きとし生けるものを支えてくれているいちばんの根底 」 だと説いています。

さらに大峯氏は、「ヨハネ福音書」の第1章第1節にある「初めに言葉ありき、言葉は神と共にありき、言葉は神なりき」 に出て来る言葉とは、「南無阿弥陀仏」に近いと言っています。一切の存在の根源として言葉があったのではないか、それは南無阿弥陀仏に置き換えることができると説いているのです。

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「誓願の不思議」(百華苑)著者 大峰顯氏(哲学者、大阪大学名誉教授 86歳)

このような真理が勉強できる幸せを感じています。お寺は葬式を営むところ、そして檀家に寄付を割り当てるところ、と思っていましたが、このお寺は全く違います。本来のお寺の在り方、すなわち正しい生き方を説き、衆生を救うことがお寺の本当の姿だと思います。ご住職に感謝申し上げます。



歎異抄に驚嘆した哲学者・ハイデガー  youtube動画

https://www.youtube.com/watch?v=OcvzJ2-kpTI

2014年12月12日 (金)

歎異抄を学ぶ 2

月1回~2回の月例聞法会。 先月から始まった「歎異抄」を勉強しました。

内容が深いので、この先3~4年かかって勉強することになりそうです。

さて、歎異抄は原本が発見されていません。したがって作者は不明ですが、定説として、親鸞聖人に師事した 唯円 (ゆいえん 1222~1289) ではないかと言われています。

現存する最古の写本は、蓮如上人によって500年以上も前に書かれたもので、国の重要文化財に指定されています。もし原本があったら、第一級の国宝です。

宇宙の中の生きとし生けるものを支えてくれる一番の根底にあるものは何でしょうか。世界と人間がそこから成り立つ根本のものは? ( 請願の不思議 大峯顯著 )

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2014年11月14日 (金)

いよいよ「歎異抄」始まる 月例聞法会

親鸞聖人なきあと関東一円に、聖人の教えと言いつつ、聖人の教えとは違うお念仏がはびこった。 「歎異抄(たんにしょう)」の作者はこれを嘆いて、まことの念仏の教えを後世に伝えようと、泣く泣く筆を執ったと書いている。作者の名は記されていない。(資料より転記)

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「歎異抄」は、徒然草や方丈記と並ぶ日本の名著であり、苦しむ人々に光明を与えた聖人の言葉は、世界中の哲学者、文学者にも多大な影響を与えたといいます。

人類の宝ともいうべき「歎異抄」が学べることは幸運です。

テキストは、大峯顯(おおみね あきら)氏 「誓願の不思議」 (百華苑刊)

2014年9月14日 (日)

仏典が学べる倖せ

ご住職の法話で仏典を学ぶ「月例聞法会」が開かれました。 月1~2回のペースです。

ご住職は元大学の先生だけあって、講義内容はアカデミックです。

資料は、漢語→書き下し文→現代語訳 と分かり易く、お経の意味が良く理解できます。

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これだけの講義が無料で、しかも茶菓付きです。

今日は、政治家がよく使う「不退転」の語源を勉強しました。梵語(サンスクリット語)も勉強します。

昼間は、親鸞聖人の伝記「御伝鈔(ごでんしょう)」を、夜は「阿弥陀経」が教材です。全部は頭に入りませんが、たとえ一つでも知識となれば幸せです。





2014年6月13日 (金)

雨ニモマケズ・・・は、仏教の目指す人間像だった

この歳になって初めて知りましたが、「 仏教の目指す人間像 」とは、次のようなものです。


傷つけず いのち尊び慈しみ 奪わず 足るを知り いつわりを離れ 真実を語り

そしらず 良きを見てほめ 二枚舌なく 親しみ導き へつらうことなく 毅然と語る

むさぼらず 清貧を好み 瞋(いか)らず 優しく 邪(よこしま)ならず ありのままに見ている

努力を惜しまず 倦(う)むことなく こまやかで 思慮深く 心 静かに 澄み渡り 

深い智慧を湛(たたえ)て 穏やかに 微笑(ほほえ)んでいる

 ( 五戒 ・ 八正道 ・ 十善業 ・ 六波羅蜜行 ) より

 

有名な宮沢賢治の「 雨ニモマケズ 」は、この精神に通じると習いました。以下にその一部を記載します。

「 雨ニモマケズ 」                                                                 宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋(イカ)ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル

(中略)

ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ


改めて読むと、この詩に内在する「仏性」を感じます。 
宮沢賢治は熱心な仏教徒で法華経信者でした。

月1回、ご住職の法話を聴いて仏教を学ぶ「月例聞法会」。この勉強会は、仏教を学ぶだけでなく、歴史、地理、精神・哲学、各教典、語源など多岐に亘ります。 この会で学んだことは、今後もブログに載せたいと思います。

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月例聞法会とは  

阿弥陀経を学ぶ

2013年12月14日 (土)

阿弥陀経を学ぶ

初詣、七五三、合格祈願、結婚式、クリスマス、葬式、法事など、私たちは知らず知らず宗教と関わっている。

しかし、日本人の大多数は特定の宗教を持たない。

宗教には、あまり良いイメージがないのだろうか。

昭和20年、絶対に負けたことのない「神国日本」が戦争に敗れたことで、多くの日本人は、神への絶対的な信頼を失ったのだろうか。

また、その後のめざましい復興の中で、「心」より「物」中心の社会に染まってしまったのだろうか。

いかがわしい宗教が、信者とのトラブルでニュースになる時代でもある。

いずれにしても、物質中心の豊かな文明社会では、宗教が表舞台に立つことはないだろう。宗教に頼らなくても生きていける時代である。

そんなことを考えながら、この「月例聞法会」に参加した。

テーマは、引き続き「阿弥陀経」の勉強会である。「阿弥陀経」の名前は知っていても、どんな経典なのか、何を説いた経典なのか知る機会はない。

そもそも、法事の時など、お経の意味が判って聞いている人は何人いるであろうか。

足は痛いし、退屈だし、早く終わって欲しいと、心の中で思っている人は多いはずである。

しかし、もし、お経の意味が判ったら・・・。これは面白いと思う。

「阿弥陀経」は、8万4千巻あるとされる経典の中でも特別なお経である。普通、お経は、釈迦が弟子の質問に答える形で書かれているが、このお経は、釈迦が直接、弟子に教えを説いたもので「無問自説経」とよばれている。

しかも、「阿弥陀経」には、極楽浄土の世界が詳しく書き表されているのである。

その部分が、実に神々しい。光と安らぎに満ち、天上の音楽が聞こえる。

だから私は、この経典を勉強する。

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2013年10月11日 (金)

月例聞法会とは

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今夜は、菩提寺のご住職が開いておられる「月例聞法会」に参加 。2時間みっちり。

いわゆる法話ではなく、講義である。

実にアカデミック! まるで大学の講義のように専門的で、教養にあふれた内容である。

漢文をスラスラ現代語訳し、自作の詳細な資料を使いわかり易く解説。

仏教を学ぶことは、歴史を学ぶことであり、中国やインドさらに中央アジアの歴史にもつな

がる。もちろん人生の生き方も学べる。

こんな身近で学べることに感謝、感謝である。




老朽化しただけの「老人」になるのか? 知恵のある「オールド・マン」になるのか?                

                                            渋谷昌三