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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2019年2月21日 (木)

ある仙人との思い出

私が退職して半年ほど経ったある日、その仙人から「お茶を飲みに行こう」とお誘いがありました。私は喜んでご一緒しました。

何度もお茶をご一緒するうちに、次は「日帰り温泉に行こう」ということになりました。

初めて出掛けた温泉は山里の自然の中にありました。仙人は露天風呂を案内してくれましたが、その時の開放的な気分は忘れられない思い出になりました。

その日を境に、毎週のように仙人との温泉行脚が始まりました。「今日は○○温泉に行こう」と、仙人は色んな温泉を案内してくれました。

温泉の帰りは決まって食事をご一緒しました。どの食事の店でも、仙人は「先生」と呼ばれていました。そして、どの店にも仙人専用のビール用グラスが置いてありました。

仙人は、そのグラスでビールを美味しそうに飲みました。ビールが大好きでしたが、エビスビール以外は飲みませんでした。

県内外の美術館や音楽祭に足を運ぶこともありました。また、演劇を見に行くこともありました。仙人は文化全般に通じ、高い見識をお持ちでした。道すがら仙人から聞いた話は私の財産になりました。

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その仙人が去る2月11日に亡くなられました・・・。

深い悲しみに襲われましたが、今は楽しい思い出だけがよみがえってきます。

戦後の文化の黎明期を支え、長きにわたり地元の文化発展に大きく貢献され、生涯文化と共に歩まれた足跡を偲び、衷心より哀悼の意を表するものです。ありがとうございました。

そうそう、その人は長いあごひげが仙人のような風貌でしたが、仙人に似合わず、ベレー帽と赤いダウンジャケットが良く似合いました。

最後に仙人が言いました。「みんなありがとう!僕はこれでおしまい。」

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