シベリア抑留69年 やはり8月は悲しい
1945年8月23日、ソ連のスターリンは、日本人捕虜のソ連収容所への連行と強制労働を命令した。 本来なら、8月15日に戦争は終わっていたはずであった。
私の知人にシベリア帰りの人がいる。 過酷な抑留生活を聞いて言葉を失った。
ある夜、戦友が死んだ。冷たくなった死体から、シラミが自分の身体に移動してきた。涙も出ない。ただ、食べ物が欲しいだけだった。 数日して、強制労働の帰り道、大きな芋を見つけた。すぐ食べたかったが必死に我慢して収容所に持ち帰った。皆に気づかれないよう、そっと口に入れたら、それは「 馬糞(ばふん) 」 だった。
クリックで拡大 ↑「 日本海 」 香月泰男(かづきやすお) 山口県美術館蔵
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