プロの音楽家(クラシック)になる10の条件 (PV2万回記念)
音楽家を志す人は多い。
国内だけでも音楽大学(4年)は40校以上あり、毎年約4500人が卒業している(2012年政府統計)。その他短大1200人、専門学校6000人を合わせると、一年に卒業する「音楽家の卵」は、約12000人。教育学部なども入れるともっと増えるだろう。
一方、総務省の国勢調査(H17年)によれば、芸術家の人口は490,901人、うち音楽家は115,020人(人口10万人当たり88人=0,088%)。 首都圏に集中しているが、日本には11万5千人のプロの音楽家がいることになる。
文科省資料(学校基本調査報告)によれば、2011年度に芸術系大学を卒業して芸術家になった人は2066人。2010年の国勢調査から算出して、芸術家のうち音楽家の占める割合は6,6%なので、2066人×6,6%=136人が、1年間に音楽家になった人数である(データえっせい参照)。前述の12000人で割ると、全卒業生のうち音楽家になった割合は1,1%ということになる。
すなわち、日本には既に11万5千人のプロの音楽家がいて、毎年136人しか新規に音楽家になれない。 非常に狭き門と言えるだろう。 とにかく音楽を志して音大や専門学校を卒業しても100人に1人しかプロの音楽家になれないのである。
ちなみに、ここで言う音楽家とは、音楽を職業とし、音楽だけで生計を立てている人を指すが、もちろんクラシックだけでなく邦楽も含むあらゆるジャンルに及ぶ。
ただ、このブログでは、クラシック音楽に主眼を置いて述べることとする。 私的な考察なので偏向的な箇所があってもご容赦賜りたい。また、プロの音楽家でもない私が記述することは甚だ僭越であることは重々承知の上なので、参考記事としてお読みいただければ幸いである。
■ プロの音楽家になる10の条件(クラシック)
1.演奏技術、音楽性に優れている(絶対条件)
テクニックと音楽性は、車の両輪であり、プロの第一条件である。
この2点を磨くため、幼少より今日まで不断の努力をしてきたわけで、現在の実力はその結果だと言える。
しかし、実力とは他人が評価するものだから、コンクールを受けたり音楽セミナーに参加したりして評価してもらい認めてもらわなければならない。そこで初めて「実力がある」と言われるのである。だからと言って他人の評価ばかりを気にすることもない。自己評価も大切である。性格は謙虚がいいが、ステージに立ったら自信に満ちた自分を演出する位の度胸も必要になる。
自他ともに実力がついたと認められて、この条件は達成される。
また、演奏技術や音楽性と関わっているが、優れた感覚機能が備わっていることが要求される。音感はもちろん、ピアニストなら指先の感覚が優れていることが必要だ。聴力をはじめとする五感が人一倍優れていなければならない。さらに、手が大きいなどの身体的特徴があれば優位であることは言うまでもない。
音楽に対する情熱、楽曲に対する探究心はもちろん、不屈の忍耐力や粘り強さも必要だ。
さらに、一流と呼ばれるには、聴き手とのコミュニケーション能力(客席との一体感)や作曲家とのコミュニケーション能力(深い理解力)も欠かせない。偉大な作曲家(多くは故人)の音楽を、楽譜から読み取って現代に響かせるのは神聖ともいえる行為だが、それだけに楽曲の深部にわたる理解力が必要だ。これも音楽性の一部と言える。
よく実力とは才能だと言う人がいるが、確かに天性の才能はあるかも知れない。努力だけではどうにもならない場合もあるだろう。親からもらったDNAもある。音楽的センスも生まれ持った才能の一部だ。 才能に溺れてはいけないが、才能に恵まれていることが、音楽家の条件の何%かを占めるのも事実だ。
※ 実力を示すひとつにプロフィール(学歴、師事歴、演奏歴、入賞歴、留学歴、職歴、活動歴、現職など)があるが、中身の濃いプロフィールは、客観的な判断材料になるので疎かにできない。特にコンクール入賞歴は、より上位のものに塗り替える必要がある。
諏訪内晶子が、日本音コン1位、パガニーニ国際2位、エリザベート国際2位に満足せず翌年チャイコフスキー国際に挑戦し優勝したのが顕著な例である。
2.健康であり自己管理もできる(絶対条件)
音楽家は個人事業主である。サラリーマンや公務員のように有給休暇もない。もし病気になったら、演奏が出来ない=収入が止まる。 食道がんに侵された小澤○爾は、かつて全ての仕事をキャンセルした。最近では井上道○や村治○織の例も記憶に新しい。
生活は不規則だし、移動も多い。食事も偏る。場合によっては運動不足にもなる。神経をすり減らすこともあるだろう。
だから、人一倍強健で、エネルギッシュでなければならない。 しかも基本は自己管理である。 本番をキャンセルしようものなら、プロとして失格である。二度とオファーは来ないだろう。
※ 精神面でも安定した状態を保たなければならない。ストレスに負けない強い精神力は プロの絶対条件と言える。心身ともに健康で自己管理能力がある人のみが生き残るだろう。音楽はデリケートでも、神経は図太いなどという二面性が必要かも知れない。
3.容姿端麗である (その方が有利というだけの話)
ビジュアル時代。男女を問わず容姿は大きなファクターとなった。
近年の聴衆は、クラシックといえども、見た目の良さを求めるようになった。 残念ながら、マスクは良いが演奏は二流以下のアーティストもたくさん生まれている。 逆に実力はあっても、容姿で負けて人気がないアーティストもいる。
しかし、本物の分かる聴衆は存在する。 容姿だけのインチキ演奏家はいつか表舞台から姿を消すだろう。
ここでインチキ演奏家の名前を10人や20人即座に挙げることは簡単だが差し控えたい。ご存知の通りである。 ただ、インチキ演奏家を追いかけるインチキ音楽ファンを責めることは出来ない。容姿のいいだけの音楽家と、そのファンは、商売に利用されただけなのである。
天は二物を与えずと言うが、まれに実力と容姿に恵まれた演奏家もいる。その人は、よほど前世に良いことをしたのだろう。
※ 人は風貌・雰囲気に惑わされる。その顕著な例が佐村河内氏である。 その人の持つ雰囲気は、容姿と同じ位大事である。最近はオーラなどとも言うが、雰囲気を良くすることに意識したい。
4.自分にしかないものがある(絶対条件)
毎年1万人以上も生まれる「音楽家の卵」。上位1,1%に入るには、他人にない「何か」が必要である。
この場合は、音楽的な主張、独創性や個性、圧倒的な演奏力、新しい解釈、ニュース・話題性など、要はあなたにしかない主体性とセールスポイントが重要である。
ただ、個性に関して言えば、オーソドックスな演奏が主流を占めるようになり、個性的な演奏は減っている。情報化時代の今日では、コンサートに行かなくても、CD、DVD、FM、BS、ネット配信などで容易に他人の演奏が聴けるようになった。楽譜や解説資料も入手し易い。本来は、何がオーソドックスなのか定義はないが、やはり演奏は平準化している。
そして、情報発信には新しい発想も必要になる。ブログは当たり前で、YouTubeやSNSなどの積極的な利用はこの時代避けて通れない。ここで言う情報発信とはネット活用の意味で、アナログ的な路上ライブなどはお勧めできない。
※ あなたは音楽を通じて何が言いたいのか?何を表現したいのか?その媒体は何を使うのか? そして、あなたにしかない音楽を奏でることは出来るのか?
5.コンクール入賞歴がある(ほぼ絶対条件)
ショパンコンクール、チャイコフスキーコンクールなどの超一流コンクールを始め、国内外の音楽コンクールは星の数ほどある。
コンクール入賞歴は、その人の客観的評価につながる。キーシンのような例外もあるが、現在活躍中の多くのプロは、国内外の一流コンクールの入賞者である。入賞がきっかけでプロデビューした音楽家は多い。
自分のレベルに合ったコンクールを選定し、力試しに受けてみるのも一つだが、わざとレベルの高いコンクールに挑戦するのも良い経験になるだろう。 今日ほどコンクール全盛時代はないので、出来るだけ若いうちにチャンスを掴むべ
きだと思う。 コンクール情報サイト → 文化的な日々(ご参照ください)
但し、コンクールは審査員の主観や主催者の思惑、何らかのコネクションで結果が左右される場合も少なくない。もちろん、当日の体調や、出演順、参加者の顔ぶれ、審査員の顔ぶれなども影響する。運の良し悪しもあるだろう。(審査員が全ての採点を公表する透明性の高いコンクールもある。(例)ショパン国際ピアノコンクール、ブラームス国際コンクールなど)
だから、自他ともに認める実力があっても、必ず上位に入賞するとは限らないのがコンクールである。
※ 音楽コンクールは、フィギュアスケート(技術点、演技構成点、さらにGEO出来栄え点)ほどの厳密な採点基準はない。一定以上のレベルがあれば、あとは審査員の主観が大きく影響する。芸術には模範解答がないからだ。
6.資金力がある(その方が有利
というだけの話)
音楽の道を志す人は裕福な家庭に生まれた方が多い。 幼少から音大までのレッスン料、教育費は莫大で、楽器代や楽譜代、場合によっては防音設備など、ある程度の経済力に恵まれて今日があると言って良いだろう。
しかし、これからが大変である。偉い先生のレッスン代、海外留学費用、国内外のコンクール受験費用、リサイタルを行う費用、コンサートチケット代など多岐にわたってお金が掛かる。いつまでも親に頼れない。
特にプロになるためには、優れた楽器を入手しなければならない。どんな楽器にしても相当高額な出費は避けて通れない。(弦楽器などは、日本音楽財団、イエローエンジェル、音大や企業の所蔵品を貸与するシステムもある)
一方、豊富な資金力で、内外の著名な先生のレッスンを受け、海外へ留学したり国際コンクールを受けたり、帰国後は一流ホールでリサイタルを開いたり、国内外のオーケストラと共演したり(チケットノルマがある)、サロンコンサートで著名人を招いたり、自費でCDを出したりと、とても恵まれた人もいる。
程度問題だが、才能を開花させるためには、ある程度の資金は必要だろう。 その覚悟はいるが、もし十分な資金が確保出来なければ、公的資金や民間企業の資金があるので研究してみては如何だろう。
※ 日本はもちろん、各国政府機関、自治体や教育機関、さらに民間企業の留学支援制度がある。ヤマハ、ローム、イエロー・エンジェル(宗次氏のNPO)など探せば多く存在しているので、活用することをお勧めしたい。時期が合えば、留学中に海外のコンクールを受けることも可能だ。
国の支援を受けて国際的なピアニストになったケースとしては、韓国のムン・ジヨン氏が挙げられる。彼女は幼少時にピアノが無かったが、特待生として国立の芸術学校で学び、ついに、ブゾーニ国際でアジア人初の優勝に輝いた。
※ 尚、未だに、箔を付けるために留学するケースが見られるが、お金をかけて海外へ行く以上は、目的を持って行ってほしい。敬愛する先生に付くとか、クラシック先進国の欧米に渡り、風土に触れ、見聞を広め、語学も勉強して、名実ともに成長するための留学経験を積んでほしい。
7.良き師、良き友、良き家族に恵まれる(絶対条件)
あなたの才能を限りなく伸ばしてくれる先生。一緒に学ぶ友であり良きライバルの友人。どんな時もあなたを支えてくれる家族。 この一つでも欠けたらプロになるのは難しい。
ステージママやステージパパも時として必要だ。やりすぎは良くないが、バックアップ体制は必要だと思う。
そして、とりわけ先生との関係は重要である。可愛がってもらえれば色々引き立ててもらえるが、逆のケースもしばしば耳にする。マッチングもあるので、合わないと思ったら先生を代わる勇気も必要だろう。そして、あなたが信頼する先生とあなたの成長過程に合った先生の両方に恵まれることが重要である。
実は音楽の世界はドロドロしていて、さまざまな派閥、縄張り、対立、妬み、嫉妬、軋轢、情実、コネ、裏切り、不信、金銭などが渦巻いている。 上に登れば上るほどその傾向は強い。音楽のイメージと、かけ離れているが真実だ。
人間関係はもちろん、時には政治力やコネも必要になる。 政治、行政、企業、財界、マスコミ、教育機関、各種の組織・団体などとのコネクションはあるに越したことは無い。安倍総理を始め、著名な政治家や財界人が、音楽家の後援会役員に就任している例は多い。
この世界に精通し、上手に泳ぐ術を教えてくれる誰か(専門性のあるコーディネーター)を見つけなければ、あなたは溺れてしまうだろう。
※ あなたは泥水に咲く「蓮の花」になれるだろうか。でなければプロになれない。それが現実である。
8.いつも切磋琢磨している(絶対条件)
プロの音楽家の世界は厳しい競争の世界でもある。次々に新しい演奏家が生まれ、あなたの地位を脅かすだろう。聴衆の関心は、もっぱら話題性やインパクトのある演奏家に注がれる。
移り気な聴衆を、常に惹きつける魅力の創出。自己との戦い。プロの世界は本当に厳しい。「がけっぷちの向うに喝采(かっさい)(大野和士)」。のDVDをご覧の方は理解されているが、プロフェッショナルへの道は険しく遠い。
連日連夜のコンサートは供給過剰と言える。 満席のコンサートは少ない。そんな中、自分のコンサートに足を運んでもらうのは至難の業とも思える。
しかし、内田光子のように即日完売のピアニストもいる。一流の演奏家は常に自己研鑽に励んでいる。音楽家に限らず、一流の俳優も歌舞伎役者も、スポーツ選手もみんな常に切磋琢磨している。現状に満足することなく、地位に驕ることなく、謙虚で努力を怠らない人がプロに相応しい。音楽家もスポーツ選手もプロという点では一致している。
※ アウトプットばかりでインプットしない人は、いつか行き詰る。井戸水が枯れるように。技術面で自己を磨き、多くの芸術に触れ、旅をして情操を養い、心に充電する時間はとても大切だと思う。技を磨き心豊かに。
9.社会性、人間性がある(絶対条件)
音楽家は社会常識に疎い。社会に出たこともない人もいる。
音楽家は専門的な能力があるが、社会的な地位が高い訳ではない(ウィーンフィルのような例外もあるが)。むしろサービス業に近いので、本当は最も対人関係に気を遣う職業と言える。
自分は芸術家などとお高くとまっていては、人は離れるばかりだろう。時には自らを売り込み、お世辞の一つも言って相手を喜ばせ笑顔を振り撒かなければならない。人寄せパンダになる必要はないが、ある種の才能はいる。
むろん、そのようなことがしたくなければ構わない、それもその人の個性であり、「孤高の人」などと呼ばれ評価される場合もある。(この場合、孤高の人とは変人のことであるが。)
しかし、最低限の常識と礼節を備えていなければ音楽家以前に、社会人として失格である。 例えば、あなたの師匠以外にも、お世話になった人は多いはずである。その方々へのお礼のあいさつは特に大切である。例え親類縁者や友人であっても礼を欠くことはマイナスである。世はメール時代であっても、手書きのお礼状を書く手間を惜しんではならない。そのような社会常識を教えるのは親の責任でもある。あの親にしてあの子ありと、世間から笑われないようにしたい。人間関係の維持には手間ひまが掛かるものである。
また、人間性はプロとして最も重要なファクターである。 音楽家は個人事業主であり、サービス業であり、人気稼業であるから、人間関係がすべてと言っても過言ではない。相手に好印象を与えることは、音楽家として当然であり、豊かな芸術性は豊かな人間性から編み出される。
宝塚歌劇団の ブスの25箇条 (リンク)に、理想の人間像がある。 いつも笑顔で明るく親切で謙虚で礼儀正しく、愚痴を言わず、希望に満ちて輝いている。友を大切に、人には愛情をもって接する。相手への思いやり。感謝。
※ 社会常識があり、人間的魅力にあふれていれば、人は自然に集まってくるだろう。 思わぬ支援者やファンがいつの間にかあなたを取り巻き、一流アーティストとしてあなたの名声は高まるだろう。実は社会性や人間性は、プロになるための必須条件であり。音楽的実力と同じ位置にある。
10.運のいい人(絶対条件)
人間が成功する条件とは、個性的な才能。 それを磨くための努力。 そして人智を超えた運。 ―江崎玲於奈―
マレーシア航空機の相次いだ事故。しかし、強運によって二度も奇跡的に助かった男性がいた。2014年3月、インド洋上で消息を絶ったマレーシア航空機に、搭乗寸前でキャンセルして助かったオランダ人男性のマールテン・デ・ヨンゲ氏は、4か月後の7月にウクライナ上空で撃墜されたマレーシア航空機にも搭乗するはずだったが、またしても搭乗寸前でキャンセルし命拾いした。 二度のキャンセルで二度の命拾い。人智を超えた強運はあるのだ。
運に見放されるか、運が味方してくれるかは、天地の開きがある。 松下幸之助氏は、面接の最後に「あなたは運がいいですか?」と質問し、「運が悪いです。」と答えた人はどんなに成績が良くても採用しなかった。運も実力のうちとは良く言ったものだ
※ 「運命は口ぐせで決まる」 佐藤富雄(医学博士)著 三笠書房 533円(税別)。 60分聴くだけの成功論「幸」 ジェームス・アレン著 DHC 1000円(税別)。 斉藤一人 100回聞きコレクションBOX Youtube (タダ)など、お金をかけずに運を良くすることが出来る本やCD、動画などが多数ある。一度お試し下さい。
■ あとがき
音楽で食べている人をプロの音楽家という。この記事では主にクラシックの演奏家を指す。
ご存知の通り、プロとアマチュアの間に、セミプロと呼ばれる人たちが存在する。アマチュアに近いセミプロから、プロに近いセミプロまで、その層は厚い。
実は、今日の日本の音楽界は、セミプロの人たちで成り立っている。普段は音大や音高、音楽教室、カルチャーセンターなどの講師、サークルの指導、自宅レッスンなどをしているが、そのかたわら、地元でさまざまな音楽活動をしている。
このブログを書きながら、セミプロの人たちにスポットライトの当たる社会を想像した。今はボランティアに近いセミプロの人たちの活動に、もっと光が当たらないのだろうか。その仕組みを考えてみたい。
その時こそ、本当の意味で、日本の音楽文化に明るい未来が見える。
長文にお付き合い下さり謝意を表します。10の条件が全て揃わなくてもプロになった人はいます。この条件は理想を書いただけに過ぎませんから、完璧を求めるのではなく、参考にしていただければ幸甚です。
また、冒頭で述べた通り、プロの音楽家でもない私が述べることは、僭越の極みであることは重々承知していますので、どうかご容赦下さい。
■ 参考記事 クラシック音楽衰退の原因と対策
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