第九の季節
今日もどこかで、第九が演奏されている。
あるオーケストラから、第九のプログラムの解説を頼まれたので、私の拙い解説文を、このブログで紹介することにします。
ロマン・ロラン(フランスのノーベル賞作家)が云うように、ベートーヴェンは「不幸な星のもと」に生まれた。
宮廷歌手だった父は収入も少なく、祖父が死んで援助が無くなると、まだ14歳のベートーヴェンは、アルコール中毒の父と、病弱の母、そして二人の弟たちの面倒をみなければならなかった。
敬愛するモーツァルトに会い、一筋の光明を見るも、母の病状悪化で帰郷し、結局愛する母は亡くなった。生活が困窮する中、熱愛する恋人とも破局を迎える。さらに、この頃から作曲家にとって致命傷ともいえる耳の病気が容赦なく彼を襲うことになる。
あまりの絶望感から、彼は自然の中に逃避し、せせらぎや鳥のさえずりの中に身を置ことで、精神の安らぎを得るのである。
やがて彼は絶望の淵から立ち直り、「創造する喜び」が溢れて、数々の傑作を生むことになる。
「苦悩を経て歓喜に至る」ベートーヴェンの信条はこうして作られたと言っても過言ではない。
第九には、大きく3つの特徴がある。
① 交響曲に合唱が入っている。(第4楽章) ② 第2楽章と第3楽章が明らかに逆になっているが、瞑想的な第3楽章は、終楽章への導線として大いに効果的といえる。 ③ かつてなく編成が大きく、第3番「英雄」のスケールと、第5番「運命」の劇的表現のどちらをも凌駕している。 第4楽章は、ベートーヴェンが最も敬愛していたシラー(ゲーテと双璧の詩人・作家)の詩「歓喜に寄す」と、ベートーヴェン自身の作曲による交響曲という2つの潮流の見事なまでの合流であり、歴史上誰も成し遂げることが出来なかった「詩と音楽」の融合であり、人類史上まれに見る音楽芸術の頂点であり、不滅の生命力の源泉であると云える。 2001年、第九の自筆楽譜は、ユネスコの世界記憶遺産(他にアンネの日記などがあるが、楽譜では第九のみ)に登録されたことはあまり知られていない。 最後に、高名な解説者だった故志鳥栄八郎(しどり
えいはちろう)氏の名言を紹介し、この解説を閉じたい。
「ナポレオンやヒットラーは、武力によって世界を征服しようと試みたが、遂に果たせなかった。だが、ベートーヴェンはどうであったか。彼は「第九」というこの曲ひとつで全世界を制覇したのである。」「音楽の力はなんと素晴らしいことか!
第九自筆楽譜ファクシミリ版より
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