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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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カテゴリー「音楽」の328件の記事

2017年4月15日 (土)

音楽産業の多様化と行方

個人的見解に過ぎませんが、日本の音楽産業の将来について考えてみました。※当ブログの性格上、ややクラシック音楽寄りのスタンスになります、ご了承下さい。

きっかけは、日本コロムビアの上場廃止のニュース(フェイスの子会社になり 2017年8月1日付で東証1部上場廃止)です。日本コロムビアは日本最古のレコード会社です。


確かに音楽産業のバロメーターである CD(12cm) の生産数量は年々減少し、10年前の半分ほどです
。生産しても売れない状況が続いています。

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(社)日本レコード協会 「日本のレコード産業 2017」 2017・4・5発表資料より(クリックで拡大します)


私もCDを以前ほど買わなくなりました。クラシックに限って言えば、新譜に魅力がありません。普段はYouTubeやストリーミング(ナクソス)でも十分楽しめます。

たまに買おうとすると、CD店にもメーカーにも在庫がありません。したがって、ネットで輸入盤を安く買っています。安く早く確実に入手できます。

CDショップも減っています。寂しい限りです。日本のCDは価格が高いので違法コピーも後を絶ちません。このままでは、CDは過去の遺物になってしまうでしょう。

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同 「日本のレコード産業 2017」 資料より (クリックで拡大します)

ただ相変わらず、握手券などを封入したアイドル歌手のCDはそこそこ売れているようです。逆に、おまけ付きでCDを売る商法がなかったら、CDは誰も買わなくなるでしょう。「おまけ」 に支えられた現状は残念です。


CD全体の売り上げは低迷していますが、一方でコンサート(ライブ演奏)は日本中で連日のように開催されています。主催者はコンサートホール(会場)を押さえるのに四苦八苦の状況です。

コンサートの市場規模は動員数の増加に伴い大幅にUPしています。

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ぴあ総研 「2016ライブエンタテイメント白書」 2016・9・28発表資料より(クリックで拡大します)

2015年度のコンサート観客動員数は、4486万人。国民の3人に1人は何らかの音楽コンサートに足を運んだ計算になります。また、市場規模は5000億円を超えました。


このことは、音楽の楽しみ方が変わりつつあることを示唆しています。音楽産業の構造が、コンサート中心になれば、それはそれで悪いことではありません。

少子高齢化で、子供の音楽人口は減っていますが、大人は増えています。さらに、従来の聴くだけの受動的な音楽から、自ら演奏して音楽を楽しむ能動的な音楽体験が増えています。定年後の合唱活動などが顕著な例です。

J-POPやアイドル系、ビジュアル系のコンサート・ライブも、会場が一体となって盛り上がる点では参加型と言えます。

生の音楽を楽しむ人に加え、生の音楽に参加する人が増えているのです。そのことが、コンサート人口の増加に拍車をかけています。

また、減少している子供の世界では、ピアノなどの音楽コンクールが盛んです。Nコンなどの合唱コンクールや吹奏楽コンクールも盛んです。コンクールは音楽産業の一角を占めています。ここでは、より質の高い音楽を求める流れがあります。コンクールの隆盛もコンサート人口の増加に一役買っています。


以上の観点から、CDの売り上げだけが、音楽産業のバロメーターとは言えなくなりました。音楽産業は時代と共に多様化しています。

スマホに音楽をダウンロードしたり、ストリーミングで再生したり、映画館でライブビューイングを楽しんだり、シネマコンサート(コンサート会場で映画を映す)、音楽フェス(大規模な音楽イベント)に出掛けたり、カラオケやサークル活動に精を出したりと多岐にわたります。

ライフスタイルの多様化が、そのまま音楽産業の多様化につながっていると思われます。

この先、音楽産業はどのように発展していくのでしょうか。人工知能(AI)が作曲する時代です。ロボットが演奏する時代です。プロジェクションマッピングなどの新技術も導入されています。初音ミクのようなバーチャルシンガーも現れました。

先端技術が導入された音楽と、生の演奏に回帰する音楽。その両者が交差し共存する音楽の先にあるものは何でしょう。


音楽産業の未来を考えることで、都市と地方の文化的格差を無くしたり、クラシック音楽の衰退に歯止めをかけたり、紅白歌合戦やレコード大賞の在り方を考えたり、日本の音楽文化全体を見渡すことが出来ます。


議論を深め、日本の音楽産業の発展を見守りたいと思います。


2017年4月14日 (金)

ショパンの弟子の作品集が注目の1位

4月17日付の ビルボード・ジャパンのクラシカルチャート(Billboard JAPAN Top Classical Albums)で、ショパンの愛弟子 カール・フィルチュの作品集が、他を大きく引き離しての第1位となりました。(2週連続1位)

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「ショパンの愛弟子 若き天才作曲家カール・フィルチュの世界」 萩原千代(piano) 2016年リリース ALCD-9161 (有)コジマ録音

Amazon 通販サイト(試聴可)


弟子に対しても週1回以上教授することはなかったショパンは、11歳のフィルチュに卓越した才能を見いだし、週3回指導したという。15歳の誕生日を目前に結核で亡くなったフィルチュは、その短い生涯にもかかわらず、熟達した作品を残した。

2005年に発見された彼の作品の中に、ショパンからの強い影響のみならず、初期のうちから独創的であった天性の資質を聴くこともたやすいであろう。 

萩原千代は、フィルチュ作品との運命的な出合いから、作曲家の生地ルーマニアにおいて研究を重ねたピアニスト。作曲家への深い愛が伝わってくるフィルチュ演奏の決定盤。コジマ録音サイトより転記)


ショパンの弟子と言えば、「ミクリ版」(ショパンの校訂譜)で有名な カール・ミクリがいますが、カール・フィルチュ はあまり知られていません。私も初めて聞く名前です。そもそも
、ショパンが子供を教えていたというのも知りませんでした。勉強不足でした。

ショパンも39歳の短い生涯でしたが、カール・フィルチュは14歳で亡くなっています。彼は13歳でヨーロッパコンサートツアーを行っていますが、非常に早期に才能を発揮し、リストを始め多くの音楽家から高く評価されていたようです。

今回のランキング1位で、この天才的なショパンの弟子カール・フィルチュにスポットが当てられたことは、音楽愛好家やショパンのファンに取っても幸運なことです。ピアニスト萩原千代さんに敬意を表したいと思います。


ショパンを彷彿とさせる 「ピアノ協奏曲」 と、今回のアルバムにも入っている「マズルカ3番」 を
見つけました(youtube)

Carl Filtsch - Piano Concertino in B minor

Carl Filtsch - Mazurka in E flat minor Op. 3 No. 3 (1843)

2017年3月31日 (金)

沢田蒼梧 挑戦するピアニスト

「沢田蒼梧ピアノリサイタル」 に出掛けました。一昨年の夏に初めて聴いた時、その燃焼する音楽が強く印象に残りました。その意味で今回のソロリサイタルがとても楽しみでした。 (チケットは2週間で完売し、当日券はありませんでした。2017・3・30 ザコンサートホール 満席) 

「医師に、そして、ピアニストに」 己の志に向かって歩む二足の草鞋の人生を選んだ高校生の挑戦 (プログラム表紙の言葉より)

プロのピアニストを目指す一方で医師の道に進もうという極めて高度で困難な人生。その人生を敢えて選んだ彼の、並々ならぬ決意が込められたコンサート。

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プログラム表紙・裏表紙(クリックで拡大します)

深い音楽的感性が余すところなく表出したベートーヴェンの悲愴ソナタ、映像を見るかのように詩情豊かに演奏されたスクリャービン。とても魅力的に感じました

ショパンの心情に迫ったノクターン13番ハ短調、堂々たる風格の英雄ポロネーズ、ドラマティックで陰影のあったスケルツォ2番。どの演奏も入魂の集中力と、極限まで高められた純粋な感情表現に魅了されます。

今回のプログラムで最も難易度が高いラフマニノフのソナタ2番、敢えて1913年初版を選んだところが、彼のこれからの人生に対する決意の表れです。まさに挑戦するピアニスト沢田蒼梧を見る思いでした。そして、彼の持つ音楽性もテクニックもスケール感も、まさにラフマニノフの音楽そのもののように会場に響き渡りました。

アンコールは、スクリャービン左手のためのノクターン、ショパン別れの曲、革命でした。ウィットに富んだトークを交えて約2時間、人生二刀流の沢田蒼梧さんの前途を祝し、今後のご活躍を心より願って会場を後にしました。

2017年3月17日 (金)

パワー全開 吹奏楽部卒演を聴く

先輩が 「カルミナ・ブラーナ」 を歌うと聞いて、大谷高校吹奏楽部の卒業定期演奏会に出掛けました。 (2017・3・16 愛知県芸術劇場コンサートホール)

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日本管楽合奏コンテスト全国大会に出場して高評価を得ているレベルの高い吹奏楽団です。例年この時期に卒業演奏会を開いていますが、私は初めて聴かせていただきました。

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第1部から3部まで、2時間以上に及ぶ白熱のステージに圧倒されました。本格的な 「カルミナ・ブラーナ」 の演奏から、ライブハウスと化した芸文のステージにあふれる高校生のパワー、会場の熱気、どれもが初体験のコンサートでした。

卒業される3年生の生徒さん、ご卒業おめでとうございます。素晴らしい指導者と仲間、家族の支えや先輩の応援などを胸に刻んで立派に巣立って下さい。

素敵な 「部訓」 がありましたが、まさにその精神が伝わるコンサートでした。

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2017年3月 5日 (日)

ショパンの人生を辿るコンサート

ピアノの詩人 ショパンの人生を60分で辿るコンサートに出掛けました。

「ショパンの人生を辿って」 ピアニスト岡田泰子 (2017・3・4 宗次ランチタイムコンサート)

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岡田さんは、大学で教鞭をとるかたわら、実力派ピアニストとして幅広く活躍されています。

この日は、39歳で生涯を閉じたショパンの珠玉の作品を、簡単な解説(トーク)も交えて演奏して、ショパンの人生を辿るという興味深い内容でした。

ショパンが敬愛していた バッハの小品から始まったコンサートは、練習曲作品10、作品25や、小犬のワルツ、幻想即興曲、ノクターン第2番作品9-2、英雄ポロネーズなど、有名どころばかり13曲が披露されました。

満席の会場のアンコールに応え、ワルツ第19番イ短調遺作が静かに響き、この素敵なコンサートは終わりました。60分で聴くショパンの人生、心が満たされるコンサートでした。

2017年2月20日 (月)

旅立ちの日に/ある校長の思い

もうすぐ卒業式のシーズンです。

希望に胸がふくらむ反面、とても感傷的になってしまうのが卒業式です

そして、セレモニーを盛り上げるのが、生徒が歌う合唱曲です。

「仰げば尊し」や「蛍の光」 しか知らない団塊世代とは違って、今の子供たちは素敵な歌に恵まれています。

その卒業式の定番ソングのひとつに、「旅立ちの日に」 があります。


旅立ちの日に      作詞:小嶋登   作曲:坂本浩美


白い光の中に 山なみは萌えて
遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限り無く青い空に 心ふるわせ
自由を駆ける鳥よ ふり返ることもせず

勇気を翼にこめて希望の風にのり
このひろい大空に夢をたくして

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「旅立ちの日に」 は、今から26年前、埼玉県秩父市の中学校の校長だった小嶋登さん(作詞)と、音楽教諭の坂本浩美さん(作曲)の二人が作りました。

音楽の力で学校を明るくし、卒業する生徒たちのために何か記念になるものを残したいという強い思いで完成したこの曲は、当初は先生方によって歌われました。

https://www.youtube.com/watch?v=DpnxKwXMBqw(その時の映像が一部残っていました)※リンク切れはご容赦下さい

懐かしい友の声 ふとよみがえる
意味もないいさかいに 泣いたあのとき
心かよったうれしさに 抱き合った日よ
みんなすぎたけれど 思いで強く抱いて

勇気を翼にこめて希望の風にのり
このひろい大空に夢をたくして

いま、別れのとき 飛び立とう未来信じて
弾む若い力信じて
このひろい このひろい大空に



詩を作った元校長の小嶋登さんは、2011年1月20日に 80歳で急逝されましたが、この歌は混声合唱曲などに編曲されて、今では日本中の学校で歌われるようになりました。 旅立ちの日に Wikipedia

フォレスタの心を込めた歌唱が、小嶋校長の思いを今に伝えます。

 

2017年2月18日 (土)

参議院が調べた日本のオーケストラの課題と役割

赤字どうする? 日本のオーケストラ、「第九」 以外目玉ナシ。


と言う ”PRESIDENT Online
”(2017・2・6付) の記事の見出しにショックを受けましたが、これはある意味 「本当」 です。オーケストラの苦しい台所事情に迫った今回のレポートは一読に値すると思います。

この度、参議院第二調査室が発表したレポート 「日本のオーケストラの課題と社会的役割~東京におけるプロ・オーケストラの状況を中心に~」 は、主にオーケストラの経営基盤に焦点を当てて、その実情と役割を調べたものです。(公益社団法人日本オーケストラ連盟平成26年時資料等参照)

以下にその一部を紹介します。(PRESIDENT Online 参照)。

日本では現在、33のプロ・オーケストラが活動していて、年間に約3800回の演奏会が行われ、約425万人が来場しているが、その経営基盤は脆弱で、国や地方からの公費助成なしには活動が困難な状況にある。

14年度のプロ・オーケストラの公演に要する人件費や事業活動に関する支出は約263億8900万円。

一方、収入は約270億円あるものの、演奏収入は約142億2700万円しかなく、大幅な赤字状態だ。これを補っているのは、国・地方自治体の支援66億1100万円、民間支援53億6800万円などだ。 (以下グラフ)

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日本のプロ・オーケストラの経営形態を大別すると、

(1) 特定団体による支援を受けている楽団 (NHK交響楽団、読売日本交響楽団など)

(2) 自主運営型の楽団 (東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団等など、多くのプロ・オーケストラがこれに当たる。) 収入は、演奏収入が大半で、残りは民間からの寄附等というところが多く、定期会員を中心としたチケット収入のため、経営基盤が脆弱だ。

(3) 地方自治体の支援を受けている楽団 (札幌交響楽団、群馬交響楽団などで地方自治体から補助金を受けているケースが多い。)


(4) 地方自治体の文化振興財団等が運営 (
比較的に新しい形態で、石川県音楽文化振興事業団が石川県立音楽堂と共に運営を行っているオーケストラ・アンサンブル金沢、兵庫芸術文化センター管弦楽団、京都市交響楽団などがある。)

――の4つに分類することができる。

プロ・オーケストラがベースとしている都市を見ると、人口と同様に東京都には9つ、大阪府には4つ、愛知県には2つと大都市に集中しているのがわかる。

三大都市圏に集中するのは、聴衆の確保がし易く、資金も調達でき、良いホールと音大等の音楽家養成機関があることが考えられる。

中でも東京都は人口約145万人につき1つのプロ・オーケストラが存在し、海外のオーケストラ公演やアマチュアオーケストラ等も加えると、巨大な音楽資源が集積し、世界有数の音楽市場となっている。

特に年末の風物詩「第九」の公演数は多く、世界的にも特異な現象と言えるが、回数が多ければ質の低下を招きかねない反面、クラシック音楽の入り口としての役割は果たしている。新たな聴衆が増えなければ、聴衆は高齢化してオーケストラの存続は困難になるだろう。


振り返れば、明治から昭和戦前期における日本の音楽教育の特異な発展の中で、国は洋楽を演奏するオーケストラに関与することはなかった。

民間主導で進んだ日本のオーケストラ運動は、戦後の放送局の発展や地方文化の発達、自主運営型オーケストラの誕生によって拡大した反面、放送局からの資金援助が打ち切られ困窮する事態も起きた。

しかし、オーケストラの量的拡大、質の向上、行政や企業の支援もあって日本のオーケストラ運動は文化活動としても発展してきた。

ただ、依然として構造的な財政面の課題は解決されず、公的支援なしでは活動できない。


どうやら、日本のプロ・オーケストラの経営基盤が脆弱なのは、欧米のオーケストラが地域社会と深く結び付き、都市のシンボル的な存在になっているのに対して、
日本の場合には地域社会との結び付きが弱いのも、ひとつの要因のようだ。

言われてみれば、日本人の多くがクラシック音楽に親しむのは、年末の風物詩ともなったベートーヴェンの「第九」公演ぐらいしか思いつかない。

しかし、近年ではオーケストラが地方自治体とフランチャイズ契約を結ぶなど連携することで、その地域のホールで定期演奏会を行うケースが増加してきている。
こうした形で、プロ・オーケストラが地域に馴染み、地域文化の一翼を担うようになっていくことは、非常に望ましいことだ。

プロ・オーケストラの存在は、文化水準を計る尺度のひとつでもある。そのためにも、プロ・オーケストラの経営が安定し素晴らしい演奏が行えるような環境作りは重要な問題だろう。

※詳しくは 参議院第二調査室 当該レポートPDF


当ブログでも再三取り上げてきましたが、クラシック音楽は世界的に衰退傾向にありますが、
社会の多様化と高齢化によってその深刻さは増しています。

特にオーケストラのような大所帯の組織は公的支援なしでは運営が難しい状況です。そして、東京のような大都市圏は集客できますが、地方は集客が苦しいのが現状です。

それでも年間 3800回もの公演が行われ、425万人がコンサート会場に足を運んでいます。 425万は、人口の3,3%ですが、実際には同じ人が何度もカウントされていますから、多分1%もいないと思います。

単純に考えれば 「供給過剰」 と言われても仕方ありませんし、1%のために税金を使うわけにはいかない、と言う意見もあるでしょう。

しかし、街中に音楽があふれ、人々が音楽を楽しむ豊かな社会の実現は、私たちの希望であり夢でもあります。

音楽によって犯罪が減り、生きがいが創出され、病気も減って、平和で健全な国家が形成されれば、そんな素晴らしいことはありません。

社会保障費も大事ですが、文化への投資は日本の将来を明るくするものです。音楽に限らず、芸術全般や文化全般に公的支援と、民間支援・寄付などを今まで以上に拡充させることが切に望まれます。

 

2017年2月13日 (月)

メモリアル演奏会で 「復活」 を聴く

合唱団にいる友人に誘われて、マーラーの交響曲第2番 「復活」 を聴きました。

名古屋シンフォニア管弦楽団第70回記念定期演奏会 ( 2017・2・5 愛知県芸術劇場コンサートホール)

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望みうる最高のソリスト(Sop 飯田みち代、Alt 三輪洋子)を得て、新田ユリの指揮による渾身の 「復活」 でした。

新田ユリさんの的確な指揮と、オーケストラの力演、名古屋市民コーラス(合唱指揮 長谷順二)の感動的な合唱。 70周年に相応しい完成度の高い演奏に感銘を受けた次第です。

そして、第1楽章と第2楽章の間にわざと5分~の休みを入れた点は、奇異に感じますが、マーラーの指示によるもので、今回は忠実に従ったもので評価できます。

「復活」 は大掛かりな曲で、テーマ性もあり、記念碑的な演奏会によく取り上げられますが、今回はコンサート史上に残る高らかな演奏でした。 この演奏を機に、名古屋シンフォニア管弦楽団の新たな1ページが開かれることを願っています。

祝  名フィル50周年

地元で初のプロオーケストラ 「名古屋フィルハーモニー交響楽団」 が創立50周年を迎えました。

音楽ファンの一人として微力ながら応援してきましたので、50年と聞いて感慨深いものがあります。

定期演奏会の会場は、当初は愛知文化講堂でしたが、70年代初めに名古屋市民会館がオープンしてからは、その大ホールが会場になり、私もよく通いました。指揮は荒谷俊治さんが中心でした。ホールも演奏も今では懐かしい思い出です。

あれから50年、日本のオーケストラのレベルは格段に向上し、欧米の一流オーケストラに引けを取らないものになりました。名フィルも例外ではありません。


この度、50周年を記念して行われた‟岐阜特別公演”に出掛けました。
(2017・2・11 サラマンカホール)

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指揮のライナー・ホーネックさんは、ちょうど1年前にもブラームスのヴァイオリンソナタ「雨の歌」 を演奏されとても印象に残っていましたが、今回はヴィヴァルディ 「四季」(ソロヴァイオリン)を演奏されました。 ライナー・ホーネックの「雨の歌」

今回のプログラムでは、この 「四季」 が特に素晴らしい演奏だったと思います。ホールの響きが良いことも一因ですが、一糸乱れぬアンサンブルが見事でした。

アンコールは、有名な 「 カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲」 でした。いつもこの曲を聴くと、音楽から差し込む美しい光を感じます。

おかげさまで、名フィルの演奏から戴いた 「光の束」 を心に抱きしめて帰路に着くことができました。


ただ、コンサートが盛会だっただけに、もう少し若い人が来てくれると良かったと思います。クラシックコンサートの聴衆の高齢化は止まりません。

内田光子 2度目のグラミー賞

ピアニストの内田光子さんが、アメリカ音楽界最高の栄誉とされるグラミー賞(第59回)のクラシック部門で 「最優秀ソロ・ボーカル・アルバム賞」 を受賞しました。

内田さんは、2011年の最優秀器楽ソリスト演奏賞に続き2度目の受賞です。またグラミー賞は、昨年の小澤征爾さんに続く快挙となりました。 一方、映画音楽部門にノミネートされていた音楽家の坂本龍一さんは残念ながら受賞を逃しました。

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(C)The Estate of Richard Avedon

内田さんは、お父様が外交官の関係で12歳でウィーンに渡り、1970年のショパン国際ピアノコンクールで2位に入賞しました。

その後、発売された初のソロアルバム(LP:東芝マイスタージンガーシリーズ)で、ショパンのソナタ2番、3番を聴きましたが、その時以来、私は彼女のファンになりました。もう45年も昔のことです。

地元の新聞社主催のリサイタルから、小澤征爾さんと共演したサイトウキネン(皇帝)、東京のコンサートなど、どれも素晴らしい思い出です。今後の益々のご活躍をお祈りします。

UNIVERSAL MUSIC JAPAN

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