左上の ▶ 再生ボタンを押して下さい。バッハ、イタリア協奏曲が流れます。もう一度押せば止まります。

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

書の作品

  • Img_20181017_0001
    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

開設以来のバックナンバー

好きな言葉

  • 座右の銘

壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
フォト

特別記事 【ルーツを辿る旅】 ↓ (作成中)

無料ブログはココログ

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の392件の記事

2018年11月15日 (木)

秋の琵琶湖

秋の琵琶湖を訪れました。

長浜あたりを散策してホテルに着いたら、夕暮れがとても綺麗でした。

Img_20181113_164602effects

あくる日、新しい名所の「びわ湖テラス」に行きましたが、

ロープウェイの切符売り場には、「濃霧」、「視界不良」、「山頂気温1℃」などと張り紙があって、

「それでもロープウェイに乗られますか?」 と聞かれました。

・・・・・

しかし、

実際に山頂に着いたら、素晴らしい天気でした。

Img_3890

ロープウェイから見る紅葉も美しく。

Img_3902_2 Img_3889

午後は白鬚神社によって帰路に。

途中、高島市の陸上自衛隊の演習場の近くを通りましたが、

ちょうどその時間に、自衛隊の迫撃砲の砲弾が標的から北に1kmそれて、付近の道路に着弾したニュースを聞きました。

無事に帰宅できてホッとしております。


■ 秋の歌 Op5,No.1(チェロ&ピアノ編) フォーレ ※リンク切れはご容赦下さい

https://www.youtube.com/watch?v=6tRl_zeqcIY

 

2018年11月11日 (日)

ある初恋

今、僕は三十二歳です。彼女はいません。でも、その三十二年間に恋はしました。

初恋も。

小学校三年の時でした。

小学校の二年生まで、僕は友達にも父母にも、まったく口をきかない少年でした。

話が、できない少年でした。そんな僕が、話をできる相手が一人だけいました。

その女の子がしゃべりかけてくると、その時だけは、しゃべれるのです。
その子が、
初恋の人でした。


僕はその女の子としか、しゃべれなかったのです。ほかの子がしゃべりかけてきても、まったくしゃべれなかったのです。僕はその子としか、遊ぶことができませんでした。その子はみんなと仲よく遊んだり、しゃべったりしていたけれど。

僕はいつも、ひとりぼっちでした。みんなの輪の中には、入れなかったのです。

輪の中に入ろうとも思いませんでした。

でも、みんなで、花いちもんめをする時だけは別でした。その初恋の子が、僕の手をひっぱって、輪の中に入れてくれたからです。 終わりはいつもいっしょでした。

僕一人だけ残って、

「花いちもんめ、まきさんがほしい」

と、その子の名を言う。

「花いちもんめ、大西君はいらない」

それで終わりでした。

でも、まきさんは、

「花いちもんめ、大西君がほしい」 と、

僕の国語のノートに書いてくれていたのです。


僕はそれからずーっと、まきさんのことが好きで好きでたまらなくなり、遠足の時でも、まきさんのそばから離れなくなりました。ほかの子からは、

「大西君、女の子どうしでごはん食べているから、むこうに行って食べて」

と言われても、ぜったいにまきさんのそばから離れませんでした。

それから、朝の朝礼の時でも、本当は背の低い僕は前から二番目に立っていなくてはいけないのですが、真ん中のほうへ行って、まきさんのよこに立っていました。みんなから、

「大西、いつからそんなに背が高くなってん」

と、背中とかつねられても、その場所から離れませんでした。

先生にも怒られましたが、次の朝礼の時には、また、まきさんのよこに立っていました。


僕は本当に、まきさんのことが好きだったのです。

そして、長い夏休みに入りました。

その夏休み、僕は何回か、まきさんの家をたずねました。でも、いつもみんな出かけていて、誰もいませんでした。たまにおばちゃんが出てきて、

「いなかに帰っているの」

と言ってくれるだけで、まきさんとは、夏休み中、会えなかったのです。


Light_00012_jpg_pagespeed_ce__speng

いよいよ夏休みも終わり新学期が始まる日、僕は母の化粧水を服につけて学校へ行きました。まきさんと会える、と思ったからです。

でも、まきさんは学校に来ていませんでした。

僕は、「明日は会える」「明日は会える」と思って、母の化粧水を服につけて、学校へ行きました。 でも、まきさんは来ませんでした。

夏休みは終わったのに、

まきさんは学校には来ませんでした。


そして九月十六日の朝のことでした。

先生が、「実は悲しいお知らせがあります。昨日、まきさんは病気のため、お亡くなりになりました。みんな、目を閉じて」 と言うのです。

僕は、何の意味かわかりませんでした。

先生に聞いたら、先生は、

「まきさんは死んでしまったのです」

と言うのです。

僕は生まれてから、この時まで、知っている人が死ぬことがなかったので、人が死んでも、また会えるとばかり思ってました。

みんなでお葬式に行くことになって、教室に集まっていると、まきさんが教室の外の廊下のところに立って、僕を見て笑っているのです。

僕が、「まきさん。まきさん」とさけぶと、みんなから、「きもちわるー」 と言われました。

おそらく、幽霊を見たのは、あの時が最初で最後だと思います。


それから、みんなと葬式に行きました。それまで、葬式と言えばタダでお菓子をもらえるところだとばっかり思っていました。

でも、まきさんの葬式では、お菓子をもらってもうれしくなかったし、食べようと思ってものどに通らない。

--まだ、会えるような気がしてたまらなかったのです。


そして次の日、学校に行くと、まきさんのつくえの上に花がかざってありました。

僕はみんなが帰ってから、一人だけのこって、まきさんのつくえにすわり、まきさんが国語のノートに、

「花いちもんめ、大西君がほしい」と、書いていてくれたことを思い出してました。

そして次の日から、だれよりも早く教室に行って、花の水をかえて、一度家に帰って、それからみんなといっしょに登校することを始めました。

僕はその日から、そのことがバレるのがこわくて、みんなにむりしてでもしゃべりかけるようになりました。


それで、人としゃべれるようになったのです。


毎日、毎日、花の水をかえていました。

花がかれかかったら、自転単に乗ってしぎ山の下まで行って、雑草の色のきれいなのを三本ほど抜いて、かびんに入れてやりました。クラスのみんなは、

「花がかってにふえている」

とか言うので、もしバレたらどうしようと思っていました。

そうしたら、先生が、

「みんなが帰ったあと、先生が花をいけているのです」

と言ってくれたのでホッとしました。


そしてクリスマスイブの日、先生に職員室によばれて、

「大西君がまきさんの花をいけていることは、だいぶん前からわかっていたのよ」

と言われたんです。

僕は、はずかしくてたまりませんでした。先生は、

「この二学期で、つくえの上に花をかざるのはやめて、席替えをしようと思っているの。いい? 大西君」

と言いました。僕は、首を、たてにふりました。

二学期最後の席替えをしたら、前にまきさんが使っていたつくえに、偶然、僕がすわることになりました。

つくえの中を見ると、奥のほうにハンカチが残っていました。

おそらく、まきさんのハンカチだと思います。僕はそのハンカチを、小学校を卒業する時まで、ずーっと持ってました。

これが、僕の初恋でした。

3168d85f7d38994ae3936af8d9a9a128_jp

ジミー大西


しみずたいきさんのブログから一部転記させていただきました。




参考動画 ベー・チェチョル"初恋"

■ 参考動画 初恋(石川啄木 詩 / 越谷達之助 曲)/足利真貴 サラマンカホール



2018年11月 9日 (金)

ショパンとリスト

ショパン、リスト といっても作曲家のことではありません。

実はJRA(日本中央競馬会)所属のサラブレッド(競走馬)です。

たまたま、馬名がピアノの詩人「ショパン」と、ピアノの魔術師「リスト」と同じでした。


ショパンは現在活躍中の5歳の牡馬(男の子)です。

2013105804_11


リストはデビュー前の2歳の牡馬(男の子)です。

2016104497_01

2頭とも血統が抜群に素晴らしく、ショパンのお母さんはG1馬エアグルーヴ、リストのお父さんはG1馬ディープインパクトです。

すでにショパンは重賞こそ獲れていませんが、21戦で1着3回、2着3回、3着5回、総賞金6,559万円と活躍しています。

一方、デビュー前のリストはセレクトセールで2億6000万円という評価額が付いた超注目馬です。


競馬の世界ではありますが、ショパンとリストが揃いました。音楽の世界でもショパンとリストは同世代に生きた人で、ショパンが1歳年上でした。

Chopinliszt

隠れ競馬ファンの一人として、これからもこの2頭を応援したいと思います。


■ 当ブログ記事 ショパン デビュー? 馬名とクラシック音楽

2018年11月 8日 (木)

フランシス・レイ ある愛の詩

ニース市の発表によると、あのフランシス・レイ氏が11月7日に86歳で亡くなりました。

フランシス・レイは、フランスの作曲家で特に映画音楽で数々の名曲を残しました。私たちの年代に取ってはとても思い出の深い音楽ばかりです。

男と女(1966)、白い恋人たち(1968)、雨の訪問者(1969)、ある愛の詩(1970)など、音楽と共に感動のシーンがよみがえってきます。

中でも、「愛とは決して後悔しないこと」のセリフで涙を誘った映画 「ある愛の詩」は、若いカップルの出会いから別れまでを、甘く哀しく描いた不朽の名作と言われました。

そのテーマ音楽を作ったのが、フランシス・レイでした。

">

この曲は、後にアンディ・ウィリアムスが歌って1971年の日本洋楽チャート1位になりました。 https://www.youtube.com/watch?v=ad9SV2rb4Ns

この曲を聴きながら、追悼の意味で色紙を書いてみることにしました。

Img_20181107_0001_new
Love means never having to say you're sorry

 

2018年11月 7日 (水)

早くも立冬

季節は廻り早くも立冬です。


冬が来てゐる
木ぎれ
竹ぎれ

(山頭火)

放浪の俳人 種田山頭火(1882-1940)の時代には、もちろんエアコンも石油ストーブもありませんでした。

囲炉裏の薪として、木ぎれや竹ぎれを準備して、厳しい冬に備えなければなりません。

住む地域によっては、冬を越すのも命がけだったかも知れません。


スイッチ一つで温かくなる今日の生活に感謝しながら、この俳句を味わうことにしました。

Img_20181107_0001_new

日本の四季は美しいと言いますが・・・

昔の人は、より鮮烈に季節を感じていたのではないでしょうか。生きる真剣さが伝わる一句です。

冬が来てゐる
木ぎれ
竹ぎれ

平成30年11月7日 立冬の日に

2018年11月 5日 (月)

文化勲章に思う

今年も文化の日の11月3日、皇居に於いて文化勲章が5人に授与されました。

Kokyo_main_fujimiyagura

その功績を称えることに異論はありませんが、素人の私には少し違和感を覚えるところがあるのです。


■ 文化勲章とは ─文化の定義─

そもそも文化勲章は芸術文化に貢献した人に授与される勲章です。

昭和12年に公布された「文化勲章令」によれば、「文化勲章ハ文化ノ發達ニ關シ勲績卓絶ナル者ニ之ヲ賜フ 」 と書かれています。

すなわち、文化の発達に功績の著しい者に授与される勲章(ブリタニカ国際大百科事典)ということです。

Photo_2
文化勲章 内閣府サイトより

しかし、何故か分野の違う「科学技術」関係者にも 「文化勲章」 が授与されています。

実際調べてみると、過去の受賞者数は、科学技術部門で209名、芸術文化部門で167名です。何と芸術分野の受賞者のほうが少ないのです。

その理由は、文化の定義が余りにも曖昧で広範囲に及んでいることにあります。過去の文化勲章受章者を見ると、

物理学、生物学から、経済学、数学、憲法学、刑法・法医学者などが名を連ね、さらに、細菌学や血液学、病理学、放射線やウイルス学者、宇宙飛行士までいます。

石田純一が「不倫は文化だ」と言いましたが、このままでは何でも文化の仲間入りです。このような現状は一般的には分かりにくいと思います。


ですから、あくまでも個人的見解に過ぎませんが・・・

年号が改まることを契機に、「文化勲章」を、「科学・文化勲章」または、「学術・文化勲章」に改名したほうが良いと思います。

さらに、不思議なことに

■ 音楽界に受賞者が少ない

芸術分野では、音楽関係者の受賞が極端に少ないように思えます。特にクラシック系では、山田耕筰以来、今回の一柳慧(いちやなぎ とし)氏で5人目です。

既に他界されていますが、武満徹(たけみつ とおる)氏など偉大な音楽家は20人や30人はいると思います。わずか5人というには本当に不思議です。

逆に、美術界では多くの受賞者がいます。音楽と美術に文化度の差はあるのでしょうか。

05_orchestra1_naitou_37056
画像出典http://www.nichion.net/elementaly/08_elem_orchestra.html

やはり、音楽は興行的な要素が大きいのでしょうか。音楽ホールはどこにでもありますが、ほとんどが貸館で、毎日違った公演が行われています。美術館や博物館のように常設展示はありません。

音楽は演奏が終わったら何も残りません(物理的には)が、美術品は遺産として残ります。現に、日本の文化予算の多くは、国宝など美術遺産の保守・修繕に使われています。

また、音楽界では世界的に著名な日本人演奏家がいますが、作曲家は少なく、日本を代表する作品は数少ないと思います。発信力が弱かったとも言えますが・・・。大体、現代音楽に毒された作曲界では無理だったかも知れません。

文化の一翼を担っているはずの音楽界に、文化勲章受章者が少ないことはとても残念ですが、その分、美術界や演劇・映画界、文学界などに頑張ってもらいたいと思います。


ささやかな問題提起と提案に最後までお付き合い下さりありがとうございました。



2018年11月 4日 (日)

水に流す

先日亡くなった 樹木希林さんの言葉がとても印象に残りました。

「水に流す」。バッシング社会に一石を投じる希林さんの最後の言葉です。

Img_20181104_0001_new

いまの世の中って、ひとつ問題が起きると、みんなで徹底的にやっつけるじゃない。だから怖いの。自分が当事者になることなんて、だれも考えていないんでしょうね。

お気に入り詳細を見日本には「水に流す」という言葉があるけど、桜の花は「水に流す」といったことを表しているなと思うの。

お気に入り詳細を見る 何もなかったように散って、また春が来ると咲き誇る。桜が毎年咲き誇るうちに、「水に流す」という考えかたを、もう一度日本人は見直すべきなんじゃないかしら。

Takarajima01
宝島社2018年新年の広告より 原画は、ジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」

それでは、みなさん、わたしは水に流されていなくなります。今まで、好きにさせてくれてありがとう。樹木希林、おしまい。

2018年11月 3日 (土)

命は継がれてゆく

父の二十三回忌を終え、次の日には孫の2歳の誕生日を祝った。

竹内まりやさんの「いのちの歌」が素晴らしい。

命は継がれてゆく。この命にありがとう。

Photo_4


いつかは誰でも
この星に
さよならを
する時が来るけれど
命は継がれてゆく

生まれてきたこと
育ててもらえたこと
出会ったこと
笑ったこと

そのすべてにありがとう
この命にありがとう

 

竹内まりや 「いのちの歌」より

2018年10月25日 (木)

共に生きる 金澤翔子席上揮毫

市民福祉大会の記念講演と席上揮毫(きごう)を見る機会に恵まれました。

書家の金澤翔子さんの席上揮毫(きごう)と、お母様の金澤泰子さんのお話を聞くのは二度目ですが、今回も素晴らしいお話しと揮毫でした。


ダウン症の障害を持って生まれた翔子さんが、世界的な書家として立派に成長したこと。そして親元を離れ自立したこと。

それまでのお母様のご苦労や、翔子さんの天使のような純真無垢な性格が、奇跡のような今日の幸せにつながっていること。


席上揮毫では、翔子さんが、「共に生きる」 と大書して、約千人ほどの観客から盛んな拍手を受けていました。

Img_20181025_154507_2
2018・10・25 岐阜市民会館にて

金澤翔子ホームページ


次は、昨年(2017年)秋から浜松市龍雲寺で公開されている「世界一大きな般若心経」を拝ませていただこうと考えています

21314603_1510561149022164_876140299
写真出典https://www.facebook.com/pg/shoko.kanazawa.0612/photos/?ref=page_internal

■ 当ブログ金澤翔子関連記事  天使がくれた贈り物  母への思い 国連でスピーチ


2018年10月21日 (日)

黙守知存道

秋の夜が更けて午前零時を過ぎると、さすがに日中の喧騒が消えて静けさが戻ってきます。

静寂の中で内観すると、ぼんやりと見えてくるものがあります。


黙守知存道(もくしゅ みちをそんするを しる)

興福寺貫主の多川俊映氏は、沈黙と静寂、空間を大切にし、「小さな真実は明晰な言葉をもつが、大きな真実は大きな沈黙をもっている。」 と教えました。

真理は沈黙の中にこそ在るのです。

Img_20181017_0001_2

黙守知存道(もくしゅ みちをそんするを しる)


秋の深まりを感じながら、沈黙の意義を考えてみようと思いました。



より以前の記事一覧