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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2019年7月 3日 (水)

ハプニングの思い出

この度行われた「チャイコフスキー国際コンクール」ピアノ部門で、中国人ピアニストが、伴奏を担当するオーケストラに、演奏する曲順を間違えられるというハプニングがありました。

ピアノ部門決勝で、20歳の中国人ピアニスト・安天旭(ティアンス・アン)さんは、1曲目にチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」を、2曲目にラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲」を弾くと主催者側に連絡していましたが・・・

実際にオーケストラが1曲目に演奏し始めたのは、「パガニーニの主題による狂詩曲」でした。余りにも予想外の出来事に驚いた安さんはオーケストラや指揮者を一瞬見つめました(下の写真)が、冒頭の数小節を弾き損ねてしまいました。(これは当然です)

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Record China 2019・7・2配信ニュースより

しかし、何とか気持ちを立て直し、すぐに演奏に集中し、それ以降の演奏は素晴らしく、終演後は会場に拍手が沸き起こったそうです。しかし、安さんは、決勝進出者7名中最下位(※)でした(お気の毒でした)。なお、2位に日本の藤田真央さんが入ったことは既報の通りです。
※2位が2名、3位が3名いますので、順位としては4位です


このようなハプニングは滅多にないことですが、私も50年もコンサートを鑑賞していますと、数々のハプニングに出会うこともあります。
そこで、私が経験した過去のコンサートで実際起きたハプニング、アクシデントをブログ上で述懐することにしました。

■ 指揮者カラヤンの棒の振り間違い

1984年10月18日(大阪シンフォニーホール)、あのカラヤンが棒を振り間違えて、演奏が中断してしまったのです。カラヤン/ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の大阪公演で起きた世紀の大ハプニングは今でも鮮明に覚えています。
プログラムは、R・シュトラウス 交響詩「ドン・ファン」でしたが、カラヤン氏は何を思ったか、ドビュッシーの交響詩「海」と勘違いして棒を振り下ろしたのでした。
もちろん、出てきた音は、「ドン・ファン」でしたから、さぞカラヤンは驚いたことでしょう。私はパイプオルガン側の席でしたから、その時のカラヤンの苦笑いしたような表情がよく分かりました。曲は3小節で中断しましたが、その後の「ドン・ファン」の演奏は素晴らしいものでした。しかしその後カラヤンがシンフォニーホールで棒を振ることはありませんでした。(2年後サントリーホールオープン)


■ 幕が下りたイタリア歌劇団日本公演

1976年イタリア歌劇団日本公演(渋谷NHKホール)、世界的なソプラノ歌手 モンセラート・カバリェさんが主役の、「アドリアーナ・ルクヴルール(チレア作曲)の日本初演の晩にそのハプニングは起こりました。
第1幕の感動的なアリア「私は神のいやしいしもべ です」を歌い終わったカヴァリエさんは突然の体調不良で舞台を降板してしまったのです。舞台の幕は降ろされました。オペラ公演中に幕が下ろされることは非常事態です。臨時の長い休憩時間のあと、代役のガブリエッラ・ノヴィエッリ さんが出てきて再開されましたが、実力の差は歴然でした。私が24歳の秋の出来事です。


■ バーンスタインが急病、代役は若き佐渡裕氏に

1990年7月15日(横浜アリーナ)、指揮者バーンスタインとロンドン交響楽団(PMFとの合同有)演奏会で、バーンスタイン氏が病気で急遽帰国してしまい、代役が佐渡裕さんになりました(※大植英次さんも振りました)。当日、会場の張り紙を見てビックリ。まだ佐渡さんはデビューしたばかり30歳の若き指揮者です。余りにもバーンスタインとは「格」が違います。チケットは払い戻します、とありましたが、佐渡さんでもよければ5千円安くしますとのことでした(今ならありえません)。私は3歳の息子と来ていましたから、帰るわけにもいかず、佐渡さんの指揮で鑑賞しました。ものすごくエキサイトな演奏はよく覚えています。バーンスタイン氏はその年の10月帰らぬ人となりました。


・この他にも、マタイ受難曲の演奏中に、一階席の男性が体調を崩され倒れてしまいホール外に運び出されたり、世界的なピアニスト アシュケナージが、リサイタル中(愛知文化講堂)ホール内の騒音?のため、一旦退場して弾き直すことがあったり(モーツァルトのK331第1楽章でしたので、出だしのデリケートな音楽が台無しになった)、オケマン(楽団員)がステージから落ちて救急車が来たり、公演中に地震が発生して、ホール天井の大きなシャンデリアがユラユラ揺れたり、本番前の小澤征爾さんとロストロポーヴィチさんに楽屋口で話しかけられて、3人で記念写真を撮ったり、あるホールのトイレで小林亜星さんと連れションしたり(偶然)、ロビーで見かけた武満徹さんが一人でポツンと立っていて印象的だったり(その数年後1996年がんで亡くなる享年65歳)、など色々ありました。

どれも生の演奏会ならではの出来事ですが、今は良き思い出です。

 

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