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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2018年9月の11件の記事

2018年9月29日 (土)

食品ロスを知ろう

大手スーパーイオンが全国2700店舗で、「食品ロス削減キャンペーン」を始めます。
イオン ニュースリリース PDF

この機に、食品ロスについて調べてみました。

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日本では、年間2,842万トンの食品廃棄物があり、このうち、まだ食べられるのに廃棄される食品、いわゆる「食品ロス」は646万トンと言われています。(※農林水産省及び環境省「平成27年度推計」)

毎年、大型10トントラックで、64万6千台分もの「食べられる食品」が棄てられているのです。(この中には災害時の備蓄食品の廃棄や、畑で処分される農産物、港で棄てられる魚などはカウントされていません)

国連世界食糧計画(WFP)は、貧困国に対し年間約320万トンの食料を援助(2015年)していますが、日本はその倍の食糧を廃棄しているのです。

そして、646万トンの約45%にあたる289万トンが、食べ残しなどによって家庭で棄てられています。

何ともったいないことでしょう。

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出典 www.y-mainichi.co.jp

肉も魚も野菜も、すべて命(いのち)あるものです。その命(いのち)をいただいて人間は生きています。正確には生かされています。

生きていくためには、他の生物の命(いのち)を犠牲にしなければなりません。これも食物連鎖の一部だとする意見もあります。

しかし、弱肉強食の野生動物は、自分の食べる分だけ食べて、それ以上狩りをすることはありません。

人間だけが平気で食べ残し廃棄しているのです。これでは殺された動物たちも浮かばれないでしょう。

大量に生産し、大量に販売し、大量に消費し、残ったものは大量に廃棄する。世界では8億2100万人もの人が飢えで苦しんでいるというのに・・・

私たちは、この現実を認識することから始め、出来ることから「食品ロス」を減らすことを実践しなければなりません。

先ずは、買い過ぎない、作り過ぎない、食べ残さない、そして感謝して食べることではないでしょうか。

そして、政府、自治体はもちろん、生産者、販売業者、飲食界、流通業界、研究機関、メディア、そして各家庭が一体となって知恵を出し合い、食品ロスを減らすことに真剣に取り組むべきだと思いました。

2018年9月27日 (木)

ほめカー

■ バッシング社会

週刊誌が有名人のスキャンダルや不祥事をスクープして世論に火をつけ、テレビのワイドショーが茶の間に垂れ流す。

世の不正が暴かれることは決して悪いことではないし、スキャンダルに食いつく国民に罪はない。

ただ今回は、世論に火をつけていた出版社が、批判の火の粉を浴びて、月刊誌を休刊せざるを得なくなった。出版社もバッシングされたのである。

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健全な社会が辛うじて機能している一方で、バッシング社会はエスカレートしている。

それだけ世の中が悪くなっているのだろうか─

■ 人を責める社会と褒める社会

暗いニュースが蔓延している世の中だから、「スーパーボランティアおじさん」が、あんなにも大きな話題になって日本中から賞賛されたのではないか。

近年、あんなに明るい話題はなかったように思う。人を賞賛する社会ほど気分の良いものはない。本当は誰もがこんなニュースを望んでいる。

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NHKニュース映像より

逆説的に考えれば、世の中の悪い面ばかりに目が行くから、世の中が悪くなるのではないだろうか。

もう少し社会の明るい面にスポットを当てることはできないだろうか。

日々そんなことを考えていたら・・・

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■ ほめるをつくる会社

ほめカーと言う世にも珍しい車が東京を走っていることを知った。(日本テレビ系「ヒルナンデス!」 2018・9・19 放送)

この車の持ち主は、「ほめる人が増えれば、ほめられる人が増える!そして日本が明るくなる!」をテーマに活動する『松下徽章(きしょう)』という会社である。

その会社は「ほめビル」の中に存在し、ほめるをつくるファクトリーを作り、様々なワークショップを通して「ほめるをつくる」ことに取り組んでいるそうである。

ほめカーは、「ほめる」場所に駆けつけて表彰式を素敵に演出するとのこと。

その他、「ほめる学校プロジェクト」などもあり、褒めることに特化したユニークな会社である。

もし、こんな会社が日本中に出来たら、世の中はさぞかし明るくなるに違いない。

ほめカーのような存在になりたいと思った。

2018年9月24日 (月)

秋の思い出

子供の頃、仏間で寝ていました。

その仏間は、中庭に面していました。

庭と仏間の間には障子が四本あるだけです。

その障子を通して、秋気が感じられました。

ある晩、なかなか寝つくことができず・・・

ふと障子に目をやると。

月明かりに照らされ─

庭木がゆらゆらと障子に映っているのでした。

ちょうど影絵のように。

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イメージ

その光景は、今も思い出します。

さみしい秋の夜でした。



詩人 田中冬二が、私と同じような体験を詩に書いています。

雨戸なんかしめない

ランプをけして 障子だけでねる

目をさますと 晩い月の出に

障子には 木木や草が不思議な生きもののかた

 ちに映つて

かれらどうしでしきりになにごとか話しあって

 ゐる

そっと障子をあけてみるには

あまりに神秘なかげである 

田中冬二 山へ来て(昭和3年)


今夜は中秋の名月です。

小さい秋

♪ 食欲の秋

美味しい野菜カレーを戴きました。

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♪ 芸術の秋

師匠の作品を観に美術館へ行きました。

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♪ 読書の秋

図書館、本屋、BOOKOFF、そしてAmazon を愛用する毎日です。

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身近な「小さい秋」を楽しんでいます。今朝も、愛犬の散歩コースに彼岸花が─

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※写真は全てスマホで撮ったものです

2018年9月23日 (日)

絶品のピアノトリオを聴く

開場を待つ人の列にトンボが近づいてきました・・・


林の中に建つコンサートホールは、もう秋の気配に包まれているようです。

土曜日の夕刻から始まるいつものコンサートに出掛けました。

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NBKコンサートホール 2018・9・22 矢部達哉(Vn)、山本裕康(Vc)、諸田由里子(Pf)


前半のブラームス「弦楽六重奏第1番」は、何度も聴いている曲ですが、今夜はピアノトリオ版(キルヒナー編曲)です。大変興味深く聴かせていただきました。

冒頭からその新鮮な響きに聴き入ってしまいましたが、旋律美が有名で、映画(ルイ・マル監督「恋人たち」)にまで使われた第2楽章が素晴らしく・・・

ブラームスらしい重厚な雰囲気の中に、ピアノが美しく語りかけ、チェロの旋律が情感たっぷりに表現され、洗練されたヴァイオリンが歌う ─  まさに絶品でした。

ある意味、弦楽六重奏で聴くより音楽の流れが自然に聴こえました。


後半のベートーヴェンピアノ三重奏曲第7番「大公」は、ピアノトリオの最高傑作と評されていますが、堂々たる響きと気迫、豊かな音楽性に貫かれた演奏は素晴らしく、至福の時間が流れました。アンコールはバッハのカンカータBWV106(編曲版)、「弾く喜び」と「聴く喜び」が、演奏家と観客の両者の心を満たしたコンサートでした。



2018年9月21日 (金)

映画「アンナ・カレーニナ」 ヴロンスキーの物語

19世紀後半のロシアを舞台に、青年将校アレクセイ・ヴロンスキーと激しい恋に落ちた人妻アンナ・カレーニナ。

文豪トルストイの名作「アンナ・カレーニナ」を、ヴロンスキーの視点から描いた映画が、日露戦争の要素を加え、アンナの死後をテーマに作られました。

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画像 映画.com

劇中使用曲(オペラ座のシーン)は、ベッリーニの歌劇「ノルマ」よりソプラノの有名なアリア「清らかな女神よ」(Casta Diva, カスタ・ディーヴァ)です。予告編にも流れます。


映画「アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語」 
(原題 Anna Karenina. Istoriya Vronskogo 2017 ロシア)
2018年11月10日~公開

映画「アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語」公式サイト



2018年9月18日 (火)

グラフで見る高齢者の現状

昨日は敬老の日でした。

私の住んでいる地区では、成人式対象者(20歳)は30人しかいないのに、敬老会対象者(76歳以上)は、950人もいます。

こんな地方都市は日本中にザラにあるでしょう。

若者は東京などの大都市に集中し、地方は年寄だらけ。

そして、地方を飛び出した若者も定年後は地方にUターン。老後は郷里で過ごします。

だからますます地方は年寄で溢れます。地方のひがみかも知れませんが現実です。


■ 増え続ける高齢者(65歳以上)

2012年に3000万人を超えましたが、2018年9月15日現在の推計では3557万人とうなぎ上りに増加しています。

高齢者が総人口に占める割合は28.1%、日本人の3,5人に一人は高齢者です

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総務省統計局資料より 高齢者人口推移

※ うち2000万人は女性で、男性より470万人も多い。


■ 100歳以上が7万人(2018年) 平成だけで23倍に!

平成元年には日本全体で3,078人だった100歳が、何と69,785人に激増しました。

そのうち88%は女性(↓ピンクの棒グラフ)です。男性頑張れ!

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画像出典 JIJI.COM


■ 日本の高齢者は働きバチ

ヨーロッパの高齢者は何故か働きません。

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資料 OECD.Stat より


■ 最近の高齢者はネットショッピングがお好き

働いた分、日本の高齢者はお金持ち?

買っている物は、健康食品が断トツ1位のようです。

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総務省統計局資料より ネットショッピングの利用推移


日本の高齢者の現状を少し違う角度から見てみました。

これからも元気で長生き、人生の晩年を楽しく過ごして欲しいものです。

と、言う自分も高齢者ですが。



■ おまけ シルバー川柳
(ポプラ社刊より)

1.朝起きて 調子いいから 医者へ行く

2.うまかった 何を食べたか 忘れたが

3.ベンツから 乗り換えたのは 車椅子



バルカン室内管弦楽団 平和のメッセージ

世界各地でクラシック音楽を通じ、「World Peace Concert」 を行っているバルカン室内管弦楽団の日本公演2018を聴きました。

(2018・9・17 日本特殊陶業市民会館フォレストホール)

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プログラムは、メンデルスゾーン交響曲第4番「イタリア」と、ベートーヴェン交響曲第9番「合唱」でした。

年末でもないのに「第九」と聞くと違和感がありますが、言うまでもなく年末に「第九」が集中するのは日本だけです。

このオーケストラは、2007年に日本人指揮者柳沢寿男氏によって、バルカン半島の民族共栄を願って設立され、以来、「共存共栄」「世界市民」をテーマにコンサート活動を展開しています。

力演した200名の合唱団が、最後に舞台いっぱいに掲げた「PEACE」の文字がとても印象的でした。こんな演出は初めて見ました。

アンコール(曲名不詳)は郷土コソボの作曲家による、打楽器と弦楽のための作品でしたが、エスニックな香りが新鮮な一曲でした。
※コソボの作曲家ペチリ氏の「スピリット・オブ・トラディション」と思われる。



私たちが伝えたいのは、同時代に地球に住んでいる“世界市民”という考え方

さて、2020年はベートーヴェン生誕250年のメモリアルイヤーです。

指揮者の柳沢氏は、あるインタビューに答えてこんなことを言っています。

東京で世界の約200カ国からそれぞれ一人ずつが集まって『第九』をやりたいですね!」

世界市民という考え方は多くの賛同を集めています。


2018年9月16日 (日)

映画「私は、マリア・カラス」 20世紀最高のディーバ

20世紀最高の歌姫といわれたマリア・カラスのドキュメンタリー映画。

未完の自叙伝や封印されてきたプライベートな手紙、秘蔵映像、音源などで構成され、作中の半分以上が初公開素材とされる。これまでモノクロでしか見られていなかった映像も写真をもとにカラー化。

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画像出典 映画.com


主な劇中オペラ作品一覧 ↓

プッチーニ「蝶々夫人」、「トスカ」、「ジャンニ・スキッキ」

ヴェルディ「シチリア島の夕べの祈り」、「運命の力」、「椿姫」、「マクベス」

他に、ベッリーニ「ノルマ」、ビゼー「カルメン」、
マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」

マスネ「ウェルテル」、ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」、ケルビーニ「メディア」

ポンキエッリ「ラ・ジョコンダ」など



映画「私は、マリア・カラス」
(原題 Maria by Callas 2017年 仏) 劇場公開日 2018年12月~

2018年9月15日 (土)

溢れる激情 沢田蒼梧ピアノリサイタル

今回も、楽しみにしていた「沢田蒼梧ピアノリサイタル」に出掛けました。

(2018・9・14 ザ・コンサートホール)

沢田さんは、世界15か国から精鋭50名のコンテスタントが集まる「第73回ジュネーブ国際音楽コンクール」に出場が決まり、その関係でプログラムが一部変更されましたが、魅力的なプログラムに変わりはなく、会場はSOUL'd OUTソウルド アウト)満席でした。

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ショパンのト短調のバラードから始まったコンサート、いつもの絶妙のトークを交え切れの良い演奏を聴かせてくれました。

このホールは最近リニューアルしたばかりですが、ステージの床を「縦張り」にしたことで、音の伝搬がよりストレートになったせいか、音量が大きく感じました。
※床の「縦張り」「横張り」については諸説あります

際立って美しい音色のスクリャービン、より表現力が進化したドビュッシー。人気の英雄ポロネーズで前半は終わりましたが、どの演奏も澱みがなく明晰で流れる様な推進力がありました。

リストの大曲ピアノソナタロ短調S.178/R.21は、オーケストラを思わせる圧倒的な色彩感と迫力、ドラマティックな構成に魅了されました。

彼の溢れる激情が会場を揺さぶり、その大きな波にのまれて我を忘れて聴き入りました。感情の起伏が本当に素晴らしい!

全く期待を裏切らない演奏、これだから次も聴きたくなるのです。これからも微力ながら応援します。

アンコールは3曲、これだけのリストを弾いた後にスケルツォ2番を弾くなど、パワーを出し切るという、彼のスタンスには感心します。今回も全身全霊のリサイタル、ありがとうございました。



■ 予告

沢田蒼梧ピアノリサイタル 2018年10月21日 ナゴヤピアノコンサートサロン

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正真正銘、10代最後のリサイタル


■ ご参考 ジュネーブ国際音楽コンクール公式サイト

2018年9月 6日 (木)

笑えば衰弱、怒れば健康

「笑えば衰弱、怒れば健康」

健康の常識と真逆の持論を展開するのは、私の大先輩でトークサロン「元気会」を主宰しているA氏、御年86歳である。

世の万般に通じる深い見識を持ち、社会全体から政治に至るまで、ブレることのない確固たる思想信条は多くの人に影響を与えた。私も影響を受けた一人である。

そのA氏が、以前ある雑誌に寄稿した一文が「笑えば衰弱、怒れば健康」である。一見ユニークな意見と感じるが、よく読むと現代の閉塞的な社会を風刺していて面白い。

氏の真意を当ブログで独自に解説することにした

■ 笑えば衰弱

「笑い」といっても、良い意味の笑いと悪い意味の笑いがある。すなわち、明るく健康的な笑いと、嘲笑(ちょうしょう)や冷笑(れいしょう)といわれる笑いである。

最近の日本では、相手をあざ笑ったり、さげすんだりする笑いが、地位や名声のある人から発せられてはいないだろうか。

虚偽の発言が堂々とまかり通り、隠ぺいや改ざんが繰り返されている日本。地位を利用したスポーツ界のパワハラや不正。

テレビのワイドショーの視聴率は上がっても、あまりに多い不祥事に国民はマヒ状態に陥っている。

多くの不祥事は時間と共に忘れ去られ、その陰でまんまと逃げきった人の「あざ笑う」声が聞こえる。

後に残るのは、モヤモヤした閉塞感だけである。「やはり社会は変わらない・・・」と。

そんな時、我々は自分の心をごまかすため「苦笑い」をするしかないだろう。怒ることもせず、ニヤニヤするしかないのだ。

この受け身的な弱者の笑いが、精神を衰弱させる。やがては気力も体力も失っていく。

「笑えば衰弱」の意味はこの事である。

被害者であるはずの弱者の被虐的とも言える笑いが衰弱を招くことになる。これはエレジーと言うほかない。

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だから我々はもっと怒るべきだ。その方が余程健康的である。

■ 「怒れば健康」

かつて日本では、怒りのパワーが充満していた。安保闘争では、学生や労働者などが国会議事堂を取り囲んだ。市民が声を大にして自分の考えを主張した時代があった。

怒るべきことは当時と変わらないほどたくさんあるのに、今は抗議の手紙や電話が殺到することは少ない。何故だろう。

最近は、ネットが怒りの受け皿になっているからではないか。怒りの連鎖を炎上と言い、度々起こる現象である。

しかし、正義感からくる匿名の抗議や批判は結構だが、自分の意見や信念は希薄になっているような気がしてならない。

不寛容社会だけが進行して、バッシングは盛んだが、自分の意見を持たない人も増えている。

怒ることで、自分の主張をはっきりさせ、言うべきことは言って、建設的な意見交換を誘発することは出来ないだろうか。

そんな建設的な怒りが、貴方の健康を増進させると思う。

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