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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2017年9月の10件の記事

2017年9月16日 (土)

私流 ~老人の心得 あいうえお~

敬老の日にちなんで、人生の晩年の生き方を考えてみました。やや説教じみていますがお許しください。

題して ~老人の心得 あいうえお~ 多分どこにもない私流の心得ですが、もし皆様にも思い当たる節があったら嬉しく思います。

では早速、~老人の心得あいうえお~ スタート!


「あ」  あたり前のことに感謝する。

「朝起きて顔を洗う時、蛇口をひねればキレイな水が出る」。こんな当たり前のことに感謝しましょう! 携帯電話にも感謝です。電子レンジにも感謝です。100年前には無かったものばかりです。

そして、自分が今生きていることに感謝すれば、この歓びを人にも与えることです。与た)える人生を歩むことは晩年の究極の生き方ではないでしょうか。


「い」  いば(威張)らない。 

切れる老人が増えています。ネットと機械化が進んだ社会では人間関係が希薄です。老人は孤立し、潤いの無い不寛容社会が進行します。そんないら立ちが 「キレる老人」 を作ります。

正義感に燃えることは結構です。しかし、たとえ義憤であっても自分が100%正しいとは限りません。そこにはエゴが見え隠れします。

敢えて寛容な老人を目指しましょう。高齢者の年金を支えているのは若い人たちですが、子供や孫たちに援助しているのも高齢者です。世の中は助け合いで成り立っています。威張っても何の意味もありません。威張る人=偉い人ではありません。威張る人ほど惨めな人はいません。

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「う」  うた(歌)う、読む、笑う!

歌いましょう!読みましょう!笑いましょう!

歌は、右脳と左脳をバランス良く使います。ですから、カラオケやコーラスはボケ防止に最適です。リバイバルの歌声喫茶もおススメです。

本や新聞を読みましょう。出来れば声に出して読みましょう。インターネットのデジタルニュースも読みましょう。お経を読むこともお勧めします。声に出して読むことは、歌うことと同じく老化防止になると言います。喉を鍛えることで高齢者特有の誤嚥性肺炎を防ぐ研究もあるようです。

ご存知の通り、笑うことでNK細胞を活性化させ、身体の免疫力がアップします。面白くなくても笑いましょう。作り笑いでも効果は同じです。一日5分でも気が狂ったように笑いましょう。(車の中が一番良いようです)


「え」  えー(良い)天気、えー(良い)天気と、どんな天気も受け入れる。

お天気に文句を言うのは禁物です。どんな天気でも自然の恵みです。自然の恵みに感謝し、空を見上げましょう。雨が止んで虹が見えたりします。どんな天気も受け入れて自然を感じましょう。

天気に文句を言わなくなると、不思議ですが肝心な時に晴れてくれます。これは私の経験です。人間も地球の一部です。どこかで意思は繋がっているはずです。

ですから、台風には話しかけて下さい。きっと進路を変えてくれます。信じる人だけ試してみて下さい(笑)。


■ 「お」  おのれ(己)を発信する。

自分の考えに信念を持って、その考えを世の中に発信しましょう。そのために独創的で豊かな発想力を磨きましょう。

自分の考えを持つことで質の高い人間関係が生まれます。良好な人間関係は人生を幸せにしてくれます。(ハーバード大の75年間の研究成果)

発信力のある高齢者ほど魅力的な人はいません。そこに人の輪が出来て拡がっていきます。高齢者の晩年のカギを握るキーワードは発信力だと思います。



理想の老人像を求めて私たちは晩年の人生を過ごしています。誰もが人生にどれほどの価値があるのか、自問自答しながら歩いているのが現実です。

以上 「私流老人の心得」、如何でしたでしょうか。私的な考察にお付き合い下さりありがとうございました。

2017年9月14日 (木)

映画 「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」

モーツァルトの生誕260年を記念して製作されたイギリスとチェコの合作映画。

オペラ 「ドン・ジョヴァンニ」 をめぐる モーツァルトと美貌のオペラ歌手、悪名高い男爵の三人の愛憎劇を描いた話題作です。

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画像 映画.comより

タイトル通り、全編プラハでロケされた美しい映像と、プラハ市立フィルハーモニー管弦楽団の本格的な演奏。

英国の新鋭俳優 アナイリン・バーナードが演ずる感性豊かなモーツァルト、その指揮で聴く「ドン・ジョヴァンニ K. 527」 序曲 。 

映画 「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」 (原題 Interlude in Prague 2016 チェコ・イギリス)

2017年12月2日~公開  予告編 http://eiga.com/movie/87719/video/

2017年9月 9日 (土)

幸せな気分にさせるテノール 市川太一

テノール歌手 市川太一さんのコンサートに出掛けました。 (2017・9・9 宗次ホール)

2年半前にも同じホールで聴きましたが、さらにスケールアップして素晴らしい歌声を聴かせてくれました。声質に温かみも感じました。お人柄がうかがえます。

会場(ほぼ満席)に登場すると、いきなり凄い拍手です。市川さんのファンが如何に多いか分かります。トークも手慣れた感じでプロの司会者顔負けです。

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お得意のイタリア歌曲やカンツォーネ、さらに日本歌曲など10曲余りを披露しましたが、「歌うことが大好き!」 と言う市川さんだけに、どの歌唱も歌う喜びに溢れています。

全プログラムの歌詞が配られていましたので、時折、日本語訳を見ながら聴かせていただきました。ただ、客席が暗くて少し読みにくかったことは残念でした。

アンコールの落葉松は、とてもドラマティックに歌い上げました。東日本大震災の釜石市の海を思い浮かべて歌ったそうです。市川さんの心情がお客さんに伝わったのでしょうか、私のとなりの若い女性は涙ぐんでいました。


市役所の職員をしながら、テノール歌手としてステージに立つ市川太一さん、両立は大変かもしれませんが、お客さんを幸せな気分にさせる歌手として、これからも頑張っていただきたいと思います。心温まるステージありがとうございました。

2017年9月 7日 (木)

天に一人を増しぬ

去る7月18日に105歳で亡くなった日野原重明さんの追悼記事を見つけました。 (読売新聞 2017年9月5日付朝刊)

生前、日野原さんと親交が深かった上智大学グリーフケア研究所特任所長の高木慶子さん(80)のお話しが紹介されていました。

日野原さんは、数年前に長年連れ添った奥様(静子さん享年93歳)を亡くされてから、しばらく奥様のことを話すことはありませんでしたが、最近やっと、亡くなった奥様のことを語るようになったと言います。

「最愛の人を亡くした悲嘆に触れられたくないという時期を乗り越えたんですね」 と高木さんは話します。

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そして、日野原さんの心情が、講演テーマ 「妻・静子を喪(うしな)いて」 の中に良く表れていると説きます。

「家には一人を減じたり、さはれ天に一人を増しぬ」

日野原さんはこの講演の中でこの詩を紹介し、最愛の人を亡くすことは悲しいことですが、天国で自分を待つ人が一人増えたんだ、と思えば悲しみは癒されると、心情を吐露しました。

「天に一人を増しぬ」  セラ・ゲラルデナ・ストック作 植村正久訳

家には一人を減じたり、
楽しき団欒(まどい)は破れたり。
愛する顔 平常(いつも)の席に見えぬぞ悲しき。
されど天に一人を増しぬ、
清められ救われ全(まつと)うせられしもの一人を。 (詩の一部)


この世の別れは悲しいことですが、天国で待つ人が一人増えたと思えば、悲しみは乗り越えられるかも知れません。

「家には一人を減じたり、さはれ天に一人を増しぬ」

日野原さんの奥様は、天国で日野原さんを温かく迎えてくれたことでしょう。あらためてご冥福を祈ります。

秋の空に

織田信長公ゆかりの崇福寺。

入道雲の消えた秋の空に、御堂と松の緑が美しく映えています。

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一茶の句

青空に指で字を書く秋の暮れ

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つい字を書いてみたくなるような澄んだ秋の空でした。


季節と共に歩む今年。秋を見つけるささやかな旅が始まりました。

2017年9月 5日 (火)

クラシック音楽の日

9月4日は「クラシック音楽の日」です。と言っても、9月4日に何の意味もありません。ただの数字のゴロ合わせだけです。 

制定した 「現・一般社団法人日本クラシック音楽事業協会」 のサイトを見ても、特に「クラシック音楽の日」という記事はありませんでした。旗振り役がいないので、全国的にもこれと言ったイベントやコンサートはありません。

何とも盛り上がりに欠ける「クラシック音楽の日」ですが、この機会にあらためてクラシック音楽のことを考えてみることにしました。


■ クラシックは何処へ

若者のクラシック離れとクラシックファンの高齢化で、クラシック音楽の将来は危うい状態が続いています。日本だけの現象ではなく、世界的な傾向と言われています。

一番の原因は現代音楽の失敗です。ごく一部の例外を除けば、ラヴェルの「ボレロ」(1928年)以降、およそ100年間、クラシックの名曲は生まれていません。

現代音楽は、無調と不協和音の世界です。とても支持される音楽ではありません。

結果として、現在のクラシックコンサートは100年前200年前の古典派やロマン派の音楽を繰り返し演奏しているに過ぎません。音楽を楽しむより、演奏の違いを楽しむことがクラシック音楽の聴き方になってしまいました。 (そこに価値観があるという見方もあります)

この100年新しい名曲が生まれないクラシック音楽は、美術や文学の世界に比べて話題性も新鮮味もありません。衰退するのは当然かも知れません。

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それでも新しいファンを増やそうと様々な試みが行われています。親子向けの楽しいコンサートや、0歳からの音楽会、低額なワンコインコンサート、ランチタイムコンサートなどでクラシック人口の底辺を広げようとしたり、ゲーム音楽やアニメ、フィギアとのコラボ、映画館でのライブビューイング、プロジェクションマッピング、コンサートホールでの生演奏と映画のコラボなど、企画は目白押しです。

また、ビジュアルを前面に出したアーティスト展開、コンクールや音楽祭、ラ・フォル・ジュルネなどの大規模イベントの開催は増加傾向にあります。

しかし、クラシック音楽の人口は変わりません。ただ減少に歯止めをかけることには寄与しています。

そして、プロアマを問わず毎日行われているクラシックコンサート。恐ろしいほどの数のクラシックコンサートが連日開催されているのです。玉石混合、芸術性の高いコンサートから話題性だけのコンサート、自己満足のコンサートまで・・・

また、海外のオーケストラやオペラなど、質の高いコンサートはチケット代が高額で手が出ません。特に若い世代には負担でしょう。聴きに行くのは年配の常連客です。客層が広がることはありません。

クラシックに芸術性を求めるのか、底辺を広げ大衆路線を目指すのか、自分たちが楽しむコンサートを開くのか、アイドルを作るのか、話題性で集客するのか、参加型のコンサートにするのか・・・、あまりにも多様化して先が見えなくなりました。

もちろん、クラシック音楽の普遍性は変わらず、ある一定の音楽ファンは残るでしょう。しかし、社会の変化の波はクラシック音楽を変質させていくのではないでしょうか。すでにその兆候は表れています。


結局クラシック音楽は何処へ行くのか?誰にも分からないのが現状だと思いました。

                                    「クラシック音楽の日」に

 

2017年9月 3日 (日)

高原の音楽祭

~豊かな自然に囲まれた木曽駒高原~

この地で毎年開催されている 「木曽音楽祭」 に足を運びました。今年で43回目のロングラン音楽祭です。

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会場の木曽文化公園文化ホール 空気がさわやかです。

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開演前にアルペンホルンによるウエルカム演奏がありました。

海外のリゾート地での音楽祭のような開放的な祝祭ムードが漂っています。車のナンバーを見ると、皆さん首都圏を始め全国から集まって来ているようでした

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この日のプログラムは、F・ラハナーの八重奏曲(管楽器)、R・シューマンのピアノ四重奏曲、N・ガーデの弦楽八重奏曲でした。

大好きなシューマンの第3楽章にうっとり、ガーデの八重奏の精緻なアンサンブルに魅了されて、あっという間に時間が過ぎました。

日本を代表する音楽家、久保陽子(Vn)、漆原啓子(Vn)、加藤知子(Vn)、白井圭(Vn)、水谷晃(Vn)、村上淳一郎(Vla)、大島亮(Vla)、佐々木亮(Vla)、安田謙一郎(Vc)、山崎伸子(Vc)、辻本玲(Vc)、寺嶋陸也(Pf)、佐久間由美子(Fl)、古部賢一(Ob)、山本正治(Cl)、金子平(Cl)、岡本正之(Fg)、河村幹子(Fg)、日橋辰朗(Hr)、日高剛(Hr)の皆さん。超豪華メンバー(順不同)が一度に聴ける機会は音楽祭ならではです。

終演後、懇親パーティに参加しました。久保さん始め多くの音楽家と気さくに会話して写真を撮り、バイキング形式の飲食で大いに盛り上がりました。来年の再会を約束して会場を後にしました。街の夜景がとてもきれいでした。

藤井久美子リサイタル御礼

7月28日付の当ブログでご紹介していました 「第5回藤井久美子ソプラノリサイタル」 が無事終了いたしました。

ご来場、ご声援ありがとうございました。

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当日の模様は、地元の新聞に大きく掲載していただきました。

日本歌曲や、男声合唱団 「コール・ファーテル」とのステージ、オペラ 「夕鶴」 のアリアなどを熱唱しましたが、音楽に真摯に向き合う姿勢が素晴らしいと高い評価をいただきました。

実は公演直前に、師匠と仰ぐ大賀寛先生が急逝され、大きな動揺と悲しみを乗り越えてのステージでした。コンサートの成功で、天国の大賀先生も喜ばれていると思います。

今後は、皆様からいただいたご厚情を糧に更なる精進を重ねる所存です。ありがとうございました。


~クラシックアカデミーGIFU~

秋近し

朝晩が過ごしやすくなりました。

長かった残暑も引いて、今週半ばには二十四節季のひとつ 「白露(はくろ)」 に入ります。白露とは、夜間に大気が冷え込み草花に朝露が生じ、光の加減で白く見えることから名づけられたようです。

作詞家の 荒木 とよひさ氏のデビュー作 「四季の歌」 から、「秋」 を書いてみました。お手本通りにはいきませんが・・・

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秋は大小の作品展が三つ、さぼってばかりの生徒ですが、少し忙しくなりそうです。

2017年9月 1日 (金)

~挑戦は、今、始まった~

楽しみにしていた沢田蒼梧 ピアノリサイタルに出掛けました(2017・8・31 東海市芸術劇場大ホール)。 彼の演奏を聴くのは3度目です。

2年前に、当時高校生だった彼の演奏を聴く機会に恵まれましたが、(2015・7・21 ザ・コンサートホール)それ以来すっかりファンになりました。一点に凝縮された演奏スタイルに引き込まれたからです。

そして、この春国立大の医学部に合格した彼は、医師lとピアニストの両立を目指して新たなスタートを切りました。

「医師に、そして、ピアニストに ~挑戦は 今 始まった~」 と題したプログラムに、彼の不退転のメッセージが込められています。

ブラームスから始まったコンサート、1025席の大ホールは満席に近く、会場には親子連れの方も目立ちましたが、明らかに彼のファンも多く詰めかけていたようです。

マイクを持ってレクチャーコンサートのように解説を交えながら、曲にまつわるエピソードなども話しますが、独特の率直な語り口が好感度バツグンです。

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演奏は、重厚かつスケール感が広がるブラームスの変奏曲。ショパンのスケルツォ2番は、音楽に没入する彼独特の世界観を感じました。どの演奏も構築力があって引き込まれていきます。ヤマハCFXの表現力の限界にも挑戦したかのようでした。

絵画的な繊細な筆のタッチを思わせるドビュッシーの「花火」、幻想的で華麗でした。難曲ラフマニノフも集中力で乗り切って、怒涛の前半プロは終わりました。

ベートーヴェンの告別ソナタ、前半の曲ほど色鮮やかではないこの曲を、彼は音楽の純度を高め、精神性を重んじて演奏しました。この選曲はリサイタル全体の中で絶妙なバランスだったと思います。

最後はよくコンサートで取り上げられる人気の シューマン 「謝肉祭」 でしたが、プログラムには、副題の 「4つの音符による面白い情景」 としてありました。その意図通りの変幻自在の演奏は、それぞれの曲想の変化を存分に楽しめるものでした。


鳴りやまぬ拍手に応えてのアンコールは4曲。特にショパンのノクターン嬰ハ短調「遺作」は、感情の高まりが切なく、スクリャービンの左手のためのノクターンには彼のこれまでの人生や将来に対する万感の思いが込められていたように思えました。リサイタルは英雄ポロネーズで閉められましたが、午後 6時半に開演して、時計を見たら 9時を回っていました。本当にお疲れ様でした。ご盛会おめでとうございます。

「近い将来、彼の医術と音楽が人々に命と癒しを与えてくれるであろうことを確信しています。」 (主催者の言葉) 

挑戦は、今、始まりました。

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