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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2017年8月12日 (土)

あれから32年・・・

520名もの死者。世界最大の航空機事故、日航ジャンボ機墜落事故から32年が経ちました。

その夜は、会社仲間の恒例の花火大会でしたが、同僚がカーラジオのニュース速報を聞いて、「飛行機が墜落したらしい」 と知らせてくれました。

花火大会を早々に撤収して川原を後にしましたが、テレビを付けると、どのチャンネルも番組を中断してニュース速報を流していました。

ずっとテレビにくぎ付けになっていましたが、後になって500名を超える人たちが亡くなったと知り大きなショックを受けました。

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画像 毎日新聞記事より

後日、会社員だった河口博次さん(52)の胸ポケットから出てきた遺書に涙が止まりませんでした。

「マリコ
津慶
知代子
どうか仲良く がんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい

(中略)
津慶しっかりた(の)んだぞ
ママ こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
飛行機は まわりながら
急速に降下中だ
本当に今迄は 幸せな人生だった

と感謝している」


翌年早々、メーカーの研修旅行で沖縄に行くことになりましたが、やはり飛行機に乗ることに不安を感じました。

もう事故から半年経っていましたが、誰もが 「落ちるのではないか。」 という一抹の不安を抱えての搭乗でした。

無事、那覇空港に着いた時は、誰からともなく機内に拍手が起こりました。旅客機が飛行場に着いた時に拍手が起きるというのは、ある意味異様な光景です。


それほどまでに、この事故は私たちの心に大きな衝撃を与えていたのです。あれから32年、坂本九ちゃんを始め520人の犠牲者の皆さまのご冥福をお祈りしたいと思います。

夏は、日本人にとって受難の季節かも知れません。

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