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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2017年5月19日 (金)

鑑真和上に捧げた「祈りの障壁画」

豊田市美術館で開催中の 「東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展」 を鑑賞する機会に恵まれました

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東山魁夷は、唐招提寺を開基した鑑真和上(注)に捧げる全68面の障壁画を、十年の歳月をかけて完成させました。すべての仕事を断り、全身全霊で制作した東山の記念碑的大作です。 (パンフレットより一部転記)

(注)鑑真和上は天平の昔、伝戒の師として日本の招聘に応じて来朝された唐の高層である。度重なる難船や妨害などに遭い、辛苦の末、十二年の歳月を費やして渡来されたが、その時、和上は既に失明しておられた。 (新潮文庫 唐招提寺全障壁画より)

今回の展示会では、通常非公開の障壁画も含め、その全障壁画が一堂に展示されました。もちろん東海地区では初めてのことです。

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七州城の隅櫓(左)を過ぎると、広々とした近代的な前庭に出ます。

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入り口は静かでしたが、館内は人の波でした。やはり、東山魁夷の人気は絶大です。

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画像出典 http://matono.exblog.jp/13545748/

およそ1時間かけてゆっくり観ることが出来ました。鑑真和上に捧げた障壁画は、視力を失った和上への、東山の限りない 「祈りの結晶」 とも言える作品でした。

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鑑真和上は、天平宝字7年5月6日に亡くなったとされています。東山魁夷は、平成11年5月6日に亡くなっていますので、命日は同じです。お二人は余程強い縁で結ばれていたのではないでしょうか。



■ ご参考 当ブログ 東山魁夷記事 音楽と絵画の融合

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