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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2017年1月 1日 (日)

年頭に思う/人生は夕方から楽しくなる

明けましておめでとうございます。

清々しい新年を迎えることができました。

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昨秋65歳になりました。年頭の所感は 「人生について」 です。理想の生き方に迫ってみたいと思います。

世界中で予期せぬことが連続した2016年。 思いがけない厄災に見舞われた方も多かったと思います。ジャンボ宝くじに当選して笑いの止まらなかった人もいたかも知れませんが、当選確率は1000万分の1です。総じて、資産を増やした人より減らした人の方が多いのが現実だと思います。


■ 人生は生老病死

思わぬ病気や怪我で苦しんだ人、事業に失敗した人、大きな挫折を味わった人もいらっしゃったと思います。失意の中で不安に押しつぶされそうな日々を過ごされた方も多かったのではないでしょうか。

そんな時、多くの善意に助けられ、多くの言葉に救われ、自分自身を励ましてこられた方もおられたと思います。


すべての涙は 解放になり

すべての問題は 成長になり、
すべての失敗は 経験になり、
すべての悩みは 扉になり、
すべての苦難は 思い出になり
すべての終わりは始まりになる  (しみず たいきの言葉より)

山があれば谷があるように、この世は楽しいことばかりではありません。人生は四苦八苦です。

しかし生きてさえいれば・・・


■ 人生は夕方から楽しくなる。~希望を失わない~

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将来を嘱望されドイツに渡ったフジコヘミングさんは、晴れ舞台を目前にして病に倒れました。ピアニストとして致命的な聴力を失う病気に侵されたのです。その後スウェーデンで回復訓練を受けピアノ教師として何とか生計を立ててきました。

お母様の死後、日本に戻ったものの、「気持ちは真っ暗な日々」 が続いたそうです。

しかし、99年2月、NHKで自身の特集が放送され、一躍、時の人となり、 同年夏に発売した最初のCD 「奇蹟のカンパネラ」 は翌年の日本ゴールドディスク大賞(クラシック・アルバム賞)を受賞。

「不思議ですよ、本当に不思議。生きていれば面白いこともないではないのよね」 (毎日新聞20161216日 東京夕刊より)

失意のどん底にいたフジコヘミングさんは人生の晩年で大きく花が開いたのです。また、99歳の詩人柴田トヨさんは、詩集 「くじけないで」 が160万部の大ヒットをしました。

人生は夕方からでも夜遅くからでも好転することがあるというのは、どうやら本当のようです。
 
だから希望を失わず、どう生きたら良いかを模索することにしました・・・

■ 人生は出会いが決める~良い人間関係の構築~


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ハーバード大学の成人発達研究チームは、 私たちの「健康と幸福」をテーマに、75年間724人の男性を追跡し、徹底的に仕事や家庭生活・健康状態などを記録しました。

75年間、724人の人生から得た 何万ページにもなる情報から分かった事は何だったのでしょうか?

私たちの健康や幸福は、「良い人間関係がもたらす」 という事が判明したというのです。

それは富でも名声でも、無我夢中で働く事でもありませんでした。

テレビやパソコンの前の時間を、どれだけ人と過ごす時間に充てるかだけで人生は幸福になり健康も保てるというのです。

( 以上、TED 人生を幸せにするのは何? 最も長期に渡る幸福の研究から )参考サイト


ふれあいのかけらが 人生を変えてゆく。
 ( さだまさし 天まで届けより )

たとえ不遇な環境にあっても、良い人間関係を築くことが 「健康と幸福」 への道だということが分かりました。

良い人間関係とは、寄り添い、理解し、分かち合う関係です。

希望を失わず、良い人間関係を築くことに注力し、さらに・・・

 

■ 人生を深め、感動を積み上げる。

「ワトソン君、君は見ているが観てはいない」    シャーロック・ホームズ の言葉 

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何気なく過ぎる日常。その日々のシーンを私たちは注意深く見つめているでしょうか?

例えば季節の移ろいを五感で感じ取っているでしょうか?また心で感じているでしょうか? 「聞いてはいるが聴いていない」 「食べているが味わっていない」 のではないでしょうか。

そんな漫然とした生き方は人生を味気ないものにしてしまいます。逆に、日常の「小さな感動」 の積み重ねが人生を豊かにしてくれると思います。

この世に生を受けたこと自体が奇跡です。人生は奇跡の連続かも知れません。


『今』 見ることができる奇跡、
『今』 音が聞こえる奇跡
『今』 触れることができる奇跡  (しみずたいきの言葉より抜粋)

「今」 を大切に、日々感動を積み上げていきたいと思います。


■ 理想の生き方を求めて

私たちにとって生きるのが大変な時代ですが、65歳を過ぎて、まだ自分中心で生きていては恥ずかしいと思います。

人として恥ずかしくない生き方、心が喜ぶ生き方、年相応の生き方を自問し、答えを見出して行かねばなりません。


「温恭自虚(おんきょうじきょ)」 温かく慎ましく、自我や迷いのない清明な心持ち。

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今年のテーマは 「温恭自虚」 です。利他の精神を養い、年齢と共に謙虚になることです。昨年も 「キレる老人」 が増えていると書きましたが、たとえ義憤であっても、そこに自我のかけらがある以上、正しい生き方とは言えません。

「過去」 を引きずり悲しみに暮れることなく、不安な 「未来」 を嘆くことなく、「今」 を精一杯生きる。その中で人との出会いを大切にし、寄り添い分かち合って共に生きる。
 
さらに、自我を捨て謙虚にして相手を敬い、心は澄んで清明である。崇高ともいえる人間像ですが、理想は高い方が良いでしょう。

高い理念を追求しながら、「今」 を精一杯生きる。その上でもう一つ心に留めることは 「善意・善行」 の本質です。


雑毒の善(ぞうどくのぜん)から無償の善へ
  

親鸞上人は著書 「教行信証」 の中で、我々が行う善行には悲しいかな 「毒」 が含まれている(雑毒の善)と説きました。これは本当の善行ではなく偽善です。

私たちは何かをしてあげても(善行)、心のどこかで見返りを求めています。何かをプレゼントしても、「ありがとう」 のひと言がなかったら腹が立ちます。車内でお年寄りに席を譲っても、感謝されなかったら、「何という年寄だ」、と憤慨します。

所詮、私たちのやる善行は、毒の雑じった善、「雑毒の善」 でしかありません。

見返りを求める善行ではなく、無償の善行(愛行)こそが正しい人の道です。その道は凡人が極めることは難しいかも知れませんが、努力をする価値はあると思います。


「かくも短い人生に、諍い、謝罪し、傷心し、責任を追及している時間などない。 愛し合う為の時間しかない それが例え一瞬にすぎなくとも」  マーク・トウェイン


■ 利他の心で感動の与生を生きる

この世に生を受けた理由、四苦八苦の人生を歩む意義とは?人類の命題とも言えるテーマを自分なりに考察してきましたが・・・ まだ判然としません。何となく文を書き連ねたに過ぎません。

ただ、このように考えた経過が大切だと思います。書くことで思考が整理され、考えることで思考が深まります。

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その上で私が考えた理想の「人生の在り方」 とは、人のために生きるということです。出会いには意味があります。家族も友人も、道端で会った人も・・・ その人たちのために何か役に立ってあげようとする行為(善行)です。もちろん見返りは求めません。

日々生かされていることに感謝し、小さな感動を積み上げ、自我を捨てて謙虚に生きることです。たとえ不遇な環境であっても決して希望を失わず、多くの仲間を作り、共に生きることです。
 

すなわち、与えられた人生に感謝し、人に奉仕する生き方です。それは、「与生」 という二文字で表すことが出来ます。

人の晩年は、決して余った生 「余生」 ではありません。与えられたという意義を知り、生ある限り 「天命」 を全うすることが求められています。平坦ではないその道を楽しみながら、一歩一歩進んで行こうと思います。


老人幼稚園年少組の私が、現在考えうる 「人生の在り方」 について稚拙ながらも自説を披歴し、年頭の所感といたしました。最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。


 

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