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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2017年1月の17件の記事

2017年1月29日 (日)

広がる冬空

近くの公園を通りかかると、すっかり葉の落ちた木々の隙間に冬の空が広がっていました。

枝の隙間に見える青空。

普段は隠れて見えない空が、ふと見上げるとこんなに広がっています。

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大空を取り戻したる冬木かな    箕浦 琢翁

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日差しの少ない冬。

少しでも光を届けようとする冬の木々の働きに感謝いたします。



2017年1月28日 (土)

蔵開き ミニコンサートと和傘アート展

■ 蔵開きミニコンサート

創業245年、美濃市小坂酒造場で行われた蔵開きのミニコンサートに出掛けました。昨年に続き2回目です。

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今回は、ヴァイオリンの苅谷なつみさんによる親しみのある名曲コンサートで、クライスラー、葉加瀬太郎の小品を始め、NHK大河ドラマ真田丸のテーマ音楽、そしてパガニーニ24のカプリースなどが演奏され、盛んな拍手が送られました。

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江戸時代の米蔵で開かれたコンサート

艶やかな和服姿で登場した苅谷さんは、この2月からNHKで放送予定のドラマ 「火花」 (又吉直樹作 芥川賞作品) に、ヴァイオリニストとして出演されるそうです。ご活躍を祈念します。

※2017年2月26日(日)スタート【総合】(連続10回)毎週日曜 よる11時~


■ アート和傘・美濃展

2014年、ユネスコ無形文化遺産に登録された‟本美農紙”の本場にある 「美濃和紙の里会館」 で開催中の、アート和傘・美濃展 を鑑賞してきました。

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この展覧会は、伝統工芸の和傘に8人のクリエーターが絵付けした創作アート展です。個性あふれる美しい作品に心を奪われるほどでした。ここで紹介できないのが残念です。

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比較的暖かい週末、心も温かくなる一日でした。


そうそう、肝心の蔵開きの地酒を味わうことが出来ました。朝しぼりたての地酒です。甘酒も、焼いた酒粕も、蒸したての酒まんじゅうも戴きました。

尚、この酒造場の代表的地酒 「百春」 (ひゃくしゅん)は、お酒を楽しみながら健康で百度目の春を迎えられますようにと、祈りを込めて命名されたとのこと。

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ラベルの書体は日本画家で俳人の 川端龍子(かわばた りゅうし)の揮毫だそうです。

川端龍子は、百春の円やかな味わいと「百春」 という名前が大変気に入って、書を小坂酒造場に贈ったと云われています。

2017年1月27日 (金)

蟻は左足の2本目から歩き出す

「蟻は左足の2本目から歩き出す。」 と語ったのは、岐阜県出身の画家 熊谷守一 氏です。 熊谷守一(くまがい もりかず 1880-1977)

97歳で他界するまでの30年間は、自宅の玄関から一歩も外へ出ず、ひたすら庭の昆虫や植物などを観察し、猫や鳥と一緒に過ごしました。

その熊谷氏の 「没後40年 熊谷守一展」 に行って来ました。(メディアコスモスみんなのギャラリー)

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氏が好んで描いた 花や蝶、猫や蟻などのモチーフの油彩画と書作品、ゆかりの品々を興味深く鑑賞させていただきました。

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作曲家の信時潔(のぶとき きよし)氏とは、子供同士を結婚させるほど親友だったとのことで、熊谷氏も一時はチェロやヴァイオリンを嗜むこともあったそうです。会場には、チェロを弾く熊谷氏の写真も飾られていました。

熊谷孫六郎(初代岐阜市市長・衆議院議員)氏を父に持ち、富裕層に生まれるものの、極度の芸術家気質で貧乏生活を送り、文化勲章の内示も辞退しました。 (Wikipedia参照)


さて、本当に 「蟻は左の二番目の足から歩き出す」 のでしょうか?

研究者によると、まんざら嘘ではないようです。昆虫の場合は、左右3本(計6本)の足を交互(前後左右)にバランスを取りながら歩行するので、個体差はあるものの、左の2本目から踏み出すことは理にかなっているとのこと。画家の観察眼は相当なものだと思いました。



2017年1月24日 (火)

池上彰講演会 「世界の中の日本人」

ジャーナリスト 池上彰氏の講演会を聞く機会に恵まれました。TVでは拝見していますが、生で見るのは初めてです。もちろん会場は超満員でした。 (2017・1・22 名古屋大学豊田講堂 主催:名古屋ウエストライオンズクラブ)

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折しもトランプ新大統領の就任式直後とあって、話はもっぱらトランプ氏に集中しましたが、とうとうとした語り口の中にも深い見識があり、さすが池上彰氏だと感銘を受けた次第です。

直面する社会問題や世界情勢を平易に解説しながら、この日のテーマでもある 「カンボジア問題」 についても認識を新たにすることが出来ました。

混迷を極める世界情勢、見通しのきかない世の中にあって、幅広い知見を有した池上さんの講演を聞く機会を得たことは、この上ない喜びでした。主催関係者の皆様に御礼申し上げます。

2017年1月23日 (月)

One Coin Night Concert

ワンコイン(500円)で、手軽に音楽を楽しんでもらおうと、市内の大手楽器店が開催した 「One Coin Night Concert Vol.5」 に出掛けました。

当夜の演奏は、ソプラノの横山奈央子さん、ピアノ伴奏は野口夏菜さんでした。このお二人は、以前も宗次ホールで共演しています。

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オペラアリア3曲を含む全10曲の本格的なプログラム、日本歌曲やミュージカルもあって、ソプラノの魅力を堪能できました。

ご本人は、オペラ「椿姫」の〝E Strano” が一番お好きなようですが、もし機会があれば、小林秀雄 「落葉松」 や、ミュージカル 「オペラ座の怪人」、オペラ 「ノルマ」より〝Casta Diva” を聴かせて欲しいと思いました。

以前より一段と表現力とパワーが増した横山奈央子さん、今後が大いに期待されます。

三法師 ニューイヤーピアノコンサート

そば処 山法師さんで、ピアニスト佐藤由美さんのニューイヤーコンサートがありました。

とてもアンティークなそば屋さんですが、店内にはヤマハのグランドピアノC7型が置いてあり、ライブ演奏が出来るお洒落な店です。

この日は、近隣の音楽ファンや佐藤さんの後援者などで満席になり貸し切り営業でした。

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ニューイヤーらしく、ヨハンシュトラウスの 「美しく青きドナウ」 から始まり、モーツァルト、シューベルト、ショパン、リストなど、約2時間の充実のコンサートでした。

奏者に取っては大変なプログラムですが、心温まる前半の音楽と、激しい超絶技巧の後半の音楽の対比を楽しむことができ、大満足なコンサートでした。

来月(2月18~21日)には、震災復興のコンサートで東北各地を回られるとのこと、ご成功をお祈りします。

茶話会で戴いたもの(2)

書のサークルで、恒例の新年茶話会が行われました。

茶話会とは、仲間が集まってお茶とお菓子などで歓談する会のことで、いわゆる 「ティーパーティ」 です。 私たちの会ではお弁当もいただきます。

その際、尊敬する師匠から戴いた色紙を自宅に飾ってみました。

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美しき眉をひそめて朝寝かな   虚子

朝の陽ざしが部屋に入って眩しそうに眉をひそめる(眉間にしわを寄せる)夫人の姿を詠んだ一句でしょうか。虚子の奥様(糸子夫人)はきっと美人だったのでしょう。艶っぽさを感じます。

余談ですが、俳人 高浜虚子の次男が、作曲家の池内 友次郎(いけのうち ともじろう)氏です。日本人として初めてパリ音楽院に留学し、日本の音楽教育に大きな足跡を残しました。 ピアニストの遠藤郁子氏は、友次郎氏の元妻です。


茶話会で戴いたもの(1)

■ 御礼 この記事で、当ブログ開設以来1000回目の投稿になりました。謹んで皆様に御礼申し上げます。今後も日々精進を重ね、より一層充実した内容に努めます。引き続きお引き立てお願いいたします。 壺中日月長拝


2017年1月22日 (日)

流るる翠碧

騒動から3年、新垣隆氏も、日本を代表する作曲家の一人として認知されるようになりました。

世界一のクラシックCD売り上げを誇るナクソスレーベルの 音楽配信サイト「ナクソスミュージックライブラリー」 にも、新垣隆の名前を見つけることが出来ます。

代表的作曲家一覧(一部分)の最後に新垣氏の名前があります(クリックで拡大)。 日本人は、山田耕筰や武満徹など10名ほどしか載っていません。

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その新垣氏の地元でのコンサート、今回は所用で行くことが叶わず、仕方なくCDで聴くことにしました。

交響曲 「連祷」 は、広島や福島を追悼する音楽として 「祈り」 がテーマになっています。どうしても、「HIROSHIMA」 を意識して聴いてしまいますが、これは純粋に新垣氏の渾身の一曲だと思いました。

ピアノ協奏曲 「新生」、まさに新生した新垣隆を象徴するような意欲的な作品です。堂々たる構成、豊かな曲想、叙情と激情、ピアノ協奏曲の醍醐味をすべて盛り込んだ魅力あふれる協奏曲でした。

途中、ベートーヴェンの 「悲愴ソナタ」 3楽章の主題を思い起こさせる旋律がありましたが、これもご愛敬でしょうか。

「流るる翠碧(すいへき)」 は、他の2曲と違って深刻なところはなく、川の流れをイメージした描写音楽の一種と思いました。

澄み切った空の青と、山々の緑を映し込んだ川の流れが、自然と共に描かれています。聴いていて、ふと、武満徹の 「波の盆」 を思い出しました。とても甘美な旋律がよく似ていますが、新垣氏の方がより聴き易くイメージが膨らみます。


今回、この3曲をあらためて聴いてみて、新垣氏の音楽家としての類いまれな才能を強く感じました。親しまれる氏のキャラクターは、クラシックという固い壁を越えて、聴衆に広く受け入れられる音楽を創造してくれると信じます。

その意味で、「流るる翠碧」 のような美しいオーケストラ曲が、これからも次々と生まれることを願っています。期待を込めて・・・


カテゴリー「佐村河内事件とその後」記事



2017年1月20日 (金)

白秋の 「この道」

カルチャーセンターで習っている趣味の書 、「書初め」 も 「茶話会」 も終わり、先日は昇級試験も終わりました。

そこで今回は、「この道はいつか来た道」 を、師匠の手本をアレンジして書くことに。

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いつもの癖で、作詞 した白秋と 「この道」 を少し調べることにしました。

「この道(北原白秋・詞、山田耕筰・曲)」 は、白秋が晩年に旅行した北海道と、母の故郷の熊本県南関町から柳川までの道の情景が歌い込まれています。

ただ、一般的には 「アカシヤの花」 や 「時計台」 から、札幌市中央区の北一条通とするのが定説だそうです。今は近代化され面影もありません。 

そして、この歌は平成18年、日本の歌百選に選定されました。

白秋は詩歌、童謡以外にも、岐阜薬科大学など 多くの校歌の作詞も手掛けました。

今月25日(1885年1月25日) が、北原 白秋の誕生日で、柳川市では 『北原白秋132歳生誕祭』 が開催されます。


ところで、今日は大寒です。 

寒さが最も身に沁みる時期ですが、次第に日も長くなり、凍てつく氷の下では春への準備が進んでいます。

そして節分、立春へと季節は移っていきます。

季節はめぐり巡っているのですね・・・


この道も、この季節も、想い出とともに心の中をめぐっています。

2017年1月17日 (火)

塗り替わったクラシック名曲の作曲家

1751年の今日(1月17日)イタリアの作曲家 アルビノーニが、79歳で他界しています。

代表作は言うまでもなく、「オルガンと弦楽のためのアダージョ ト短調」 。

世界中で愛されている名曲、「アルビノーニのアダージョ」 です。

しかし、この曲の作曲者がアルビノーニでないことが近年分かってきました。

そこで、自分の勉強も兼ねて、同様の事例をまとめてみました。

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アルビノーニ


■ アルビノーニのアダージョ
(アルビノーニ ➡
レモ・ジャゾット

実際には、20世紀のイタリアの音楽学者 レモ・ジャゾット(Remo Giazotto, 1910- 98)の曲であることが判明しています。

映画音楽やドラマのテーマ曲、ポピュラー音楽にも使用され、アルビノーニの名を世界に広めました。この美しい曲が、別人が書いたと知った時はショックでした。


■ カッチーニのアヴェマリア
(カッチーニ ➡ ヴァヴィロフ

実際には、1970年頃 ソ連の音楽家 ウラディーミル・ヴァヴィロフ(Vladimir Vavilov 1925-73) によって作曲されたことが判明しています。

バロック時代の様式とは全く異なる音楽ですが、一般的にはバロック期のカッチーニ作曲と誤認されています。多くのCD、楽譜、YouTube などの表記もカッチーニのままです。


■  ハイドンのセレナーデ ハイドンロマン・ホフシュテッター)

実際には、ハイドンと同時代のドイツの修道士 ロマン・ホフシュテッターの作品であることが判明しました。誰もが知っているこの名曲は、長い間ハイドンと思われていました。

ロマン・ホフシュテッターは、ハイドンの熱心な信奉者だったそうです。


■ おもちゃの交響曲
(ハイドン ➡ レオポルト・モーツァルト ➡ エトムント・アンゲラー

実際には、オーストリア出身の作曲家で神父の エトムント・アンゲラーが1770年頃に作曲したとされます。

まだ多くの人は、モーツァルトの父、レオポルト・モーツァルトが作曲したと思っています。


■ モーツァルトの子守歌
モーツァルト ➡ ベルンハルト・フリース

実際には、モーツァルトと同時代の医師 ベルンハルト・フリースの作品です。

長年にわたり、作品番号 K(ケッヘル)350 が付けられ、モーツァルトの作品とされてきましたが、近年の研究により判明。 K番号も訂正されました

尚、フリースは、モーツァルトが死亡した翌日に服毒自殺したと言われています。
享年は25歳でした。

フリース作曲は徐々に知られてきましたが、慣例ではモーツァルトとされる場合が多いようです。



作曲家の名前が塗り替わった名曲の中で、現在判明しているものを挙げてみましたが、まだグレーゾーンな曲が多く存在します。特にバロックから古典時代は資料も乏しく、検証に時間もかかるようです。

最近では、あのバッハの「無伴奏チェロ組曲」が、バッハの2番目の妻 アンナ・マグダレーナが書いたのではないか、という説がクローズアップされてきました。

※参考サイト NHKBS ミセス・バッハ~バロックの名曲は夫人によって書かれた~(リンク切れはご容赦下さい)


今後研究が進むと、グレーゾーンの中から 「本当の作曲家」 が判明するかも知れません。興味はありますが、ショックは受けたくはありません。

「そっとしておいてくれ・・」 と、266年前の今日亡くなった アルビノーニが訴えているのが聞こえるようです。

2017年1月14日 (土)

2017年メモリアルイヤーの二人の共通点とは

2017年がメモリアルイヤーの偉人の中から当ブログが選んだのは、生誕150年のスペインの作曲家 エンリケ・グラナドスと、日本の文豪 夏目漱石です。

生涯にわたり何の接点もない二人ですが、意外な共通点を見つけました。

二人は共に、1867年生まれですが、実は没年も同じで1916年に亡くなっています。西洋と日本ですが、全く同時代に生きたことになります。

先ずは近代スペイン音楽の祖 グラナドスからみてみます。

■ エンリケ・グラナドス(1867~1916)

スペインのカタルーニャ地方の音楽一家に生まれたグラナドスは早くから音楽的才能を発揮し、ピアノや作曲を学び、名門パリ音楽院に入学するはずでしたが、直前にチフスにかかり断念、その後、グリーグのピアノ協奏曲のピアニストとしてデビューしました。

25歳の時、アンパロ・ガルと恋愛の末結婚しました。彼の代表作となった「スペイン舞曲集」 はこの頃から作られました。

グラナドスの音楽は色彩豊かでスペイン風でありながら、叙情的で洗練されたロマン派の雰囲気を漂わせるところが魅力です。

世界的なチェリスト パブロ・カザルスは、「 グラナドスは……私たちのシューベルトだ。」 と言って、その詩情に満ちた作風を称えました。

しかし、彼は大成功の後、48歳で不慮の死を遂げることになるのです。折しも第1次世界大戦の真っただ中でした。

グラナドスは、オペラ 「ゴイェスカス」 がニューヨーク メトロポリタン歌劇場で大成功を収め、大統領の招きによりホワイトハウスで演奏会を開きましたが、その帰路、英仏海峡を渡航中、ドイツ軍の潜航艇Uボートによる魚雷攻撃を受け亡くなりました。

魚雷で亡くなった音楽家は例を見ません。まさに非業の死でした。

YouTube スペイン舞曲集より「アンダルーサ」 グラナドス(Pf) Granados plays Granados, Danza espanola no 5, Andaluza

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グラナドスと漱石  口ひげを蓄えた顔も良く似ています

■ 夏目漱石(1867~1916)

慶応3年、江戸(東京)の裕福な家庭に生まれました。(本名は夏目 金之助)。明治の文豪ですが、生まれた時は江戸時代になります。

帝国大学在学中に俳人 正岡子規と親交を深めました。また、若き日の高浜虚子とも出会っています。後に漱石は俳壇で活躍するようになります。

卒業後、松山で中学校教師、熊本で高等学校教授などを務め、その後英国へ留学。帰国後、東京帝国大学講師となりました。

そして、高浜虚子の薦めで処女作 「吾輩は猫である」(1905年※) を雑誌 「ホトトギス」 に発表。これが評判になり 「坊っちゃん」 「草枕」 「三四郎」 などを世に出しました。(※1905年といえば、日露戦争勃発の翌年です)

しかし、晩年は神経衰弱や胃潰瘍に悩まされ、「門」を執筆中に悪化し、「明暗」が絶筆となりました。千円札に肖像画が使用された時期もあり、広く国民に愛されました。

クラシック音楽には英国留学中に接したとされ、帰国後も奏楽堂に通ったと言われています。小説にも影響を与えました。

事実、小説 「野分」 には、「これなくして生きんとするは野に入って虎と共に生きんとすると一般である。」 とあり、音楽や学問などを趣味とする生き方に言及しています。また、「吾輩は猫である」 には、ヴァイオリンを嗜む 水島 寒月が登場します。

尚、漱石の長男 夏目純一氏(1907 - 1999)はヴァイオリニストとして活躍しました。



以上、二人の共通点は、生没年、口ひげ、音楽、そして戦争です。

日本では、日清・日露戦争、ヨーロッパは第1次世界大戦の時代でした。戦争の犠牲となったグラナドスと違い、漱石は戦争に関わることなく生涯を閉じました。

今回、同年代を生きた二人の文化人に焦点を当て、その生涯を勉強する機会を得たことはささやかな天からのギフトです。何故なら、大雪で予定のランチ会もコンサートも延期されたからです。その恵みに感謝いたします。

2017年1月13日 (金)

世界はつながっている

人気のセラピスト、しみずたいき氏のブログから、心に響いた一節を転記します。数字の神秘には驚かされます。


1分間に波が押し寄せる数は18回。

これは人間の1分間の呼吸数。

また倍すると36、平均体温。

また倍すると72、平常時の心臓の脈拍数。

また倍すると144、平常の血圧の範囲内。

また倍すると288、
赤ん坊がお母さんの胎内にいる日数。

人間と海はどこか繋がっている。

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さらに宇宙に意識を向けると、

星座は全部で12あって、黄道十二宮と呼ばれており

春分の日に東から上る太陽にもっとも近い星座が

次の星座に 移り変わるのに、2160年かかる。

12の星座全部が1周するには、
2160×12=2万5920年かかる。

この天体のリズムが
人間のリズムと不思議な一致をしており、

人間が1日に行う呼吸数を、
人間の1分間の呼吸数18回で計算すると、

18×60[分]×24[時間]=2万5920回になる

この不思議な一致から何を感じるだろう?

あなたと海と宇宙はどこか繋がっている。

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クリシュナムルティはこう言った

あなたが、世界だ」と。


(中略)

「あなたが世界(今)」・・・だから。

あなたが

仲直りしないといけない相手が

もし いるとすれば
それは 自分であり

今この瞬間のことかもしれない。

 

(  しみず たいき  )

2017年1月12日 (木)

寒い冬はぶり大根で乗り切ろう/男の料理

冬の郷土料理“ぶり大根”と、本格的な“出汁巻き(だしまき)”を作りました。そしてお菓子は“みかん大福”に挑戦、ほのりんクッキングスタジオは今日もオジサンの笑顔で盛り上がりました。

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出汁巻き卵は、京都で買ったら1本700円はするでしょう。出来栄えは上々でした。少し味見をして、残りはアルミに包んで持ち帰りました。

レシピは内緒ですが、味の沁みた柔らかい大根が絶品でした。

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コーヒータイムに、みかん大福をいただき、今年最初の教室が終わりました。本年も宜しくお願いします。今日から仲間が2人増えました。ご健闘を祈ります。


2017年1月10日 (火)

名曲喫茶 「G線」 の思い出

名曲喫茶とは、普通の喫茶店、カフェとは異なりクラシック音楽を音響装置によって客に提供する場所である。 (Wikipedia)


私が中学か高校の頃ですから、もう50年も昔ですが、岐阜の柳ケ瀬には 「G(ジー)線」 という名曲喫茶がありました。 
※クラシック通を気取って、「G(ゲー)線」という人もいました。

狭い階段を上って入口を開けると、薄暗い店内はいつも客であふれていましたが、何よりクラシック音楽が充満している空間が心地よく、音楽雑誌(レコード芸術など)を読みながら長い時間を過ごしたものです。

市内のレコード店から取り寄せたばかりのクラシックの新譜がいち早く聴けることも魅力でした。そして仲間が出来ると夜遅くまで音楽談義に花を咲かせました。

同じ柳ケ瀬に 「田園」 という名曲喫茶もありましたが、ここは純粋にクラシック音楽を聴く店で、スピーカーの方を向いて椅子が並べられ、私語も禁止でした。

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昭和40年代も半ばを過ぎると、オーディオ装置が各家庭にも普及しはじめました。そして、次第に名曲喫茶は姿を消していったのです。

それでも、クラシックの好きなオーナーが始めた喫茶店は存在し、「ポロネーズ」 や 「ラ・カンパネラ」 に足を運びました。 タンノイ製の大型スピーカーから響く音楽は家庭では味わうことが出来ません。良き思い出です。

最近は、BGMとしてクラシックを流す店も多く、「珈琲時間(コーヒータイム)」、「B.C.B.G(ベーセベージェ)」、「珈琲物語」 、「茶房欧亜」、「カフェ・ド・ギャラリーアダチ」 などで、時々美味しい珈琲をいただいています。

2017年1月 9日 (月)

医師 と ピアニストを両立させた男

誰もがなりたい医師、誰もが憧れるピアニスト。

どちらも高度な専門領域の職業です。両立は神業に近いでしょう。

しかし、その両方の夢を実現させ、見事に両立させている人がいます。


上杉春雄氏 。 職業は、「札幌山の上病院」 院長、そして プロのピアニストです。

以前より注目していましたが、この度、氏が出演する 「脳と音楽」 と題したコンサートを聴く機会に恵まれました。

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前半はトークで、後半がコンサート。共演はヴァイオリニストの前田朋子さんでした。

ピアノは滑らかで柔らかいタッチ、落ち着いた音色で品の良さを感じました。特に、「アヴェマリア」 の伴奏(平均律クラヴィア第1巻第1曲)は、神秘的ともいえる深淵な美しさが印象的でした。

ヴァイオリンは、とても音楽的で表情豊か、香り立つような 「スプリングソナタ」 に魅了されました。また、TV番組 「劇的 ビフォーアフター」 の音楽で有名な 「ルーマニア民族舞曲」 は楽しく聴かせていただきました。

アンコールは、定番 「タイスの瞑想曲」、情感たっぷりの演奏に会場も静まり返って聴き入っていました。

残念なことに・・・

曲が終わるか終わらないかのうちに、すぐ 「バチバチバチ!」 と拍手をするお客がいます! この客は、「音楽」 を聴きに来たのか、「音」 を聞きに来たのか、全く理解できません! あまりに 「無神経」 です。

「アヴェマリア」 も 「タイス」 も、余韻を楽しむことなくコンサートは終わりました。

しかし席を立つと、身体が軽くなったような爽快感がありました。多分、コンサートで脳が活性化して5歳くらい若返ったのではないでしょうか。お医者さんの作るコンサートは格別です。

次回に期待が膨らみますが、前述のような 「無神経な客」 がいないことを望みます。



■ 当ブログ参考記事→ 沢田蒼梧 挑戦するピアニスト


2017年1月 3日 (火)

蝋梅の香り(期間限定公開)

「蝋梅(ロウバイ)の香り」 の公開は終わりました。

写真のみ掲載させていただきます。

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※蝋梅の写真は、DADA’sブログさんからお借りしました。

2017年1月 1日 (日)

年頭に思う/人生は夕方から楽しくなる

明けましておめでとうございます。

清々しい新年を迎えることができました。

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昨秋65歳になりました。年頭の所感は 「人生について」 です。理想の生き方に迫ってみたいと思います。

世界中で予期せぬことが連続した2016年。 思いがけない厄災に見舞われた方も多かったと思います。ジャンボ宝くじに当選して笑いの止まらなかった人もいたかも知れませんが、当選確率は1000万分の1です。総じて、資産を増やした人より減らした人の方が多いのが現実だと思います。


■ 人生は生老病死

思わぬ病気や怪我で苦しんだ人、事業に失敗した人、大きな挫折を味わった人もいらっしゃったと思います。失意の中で不安に押しつぶされそうな日々を過ごされた方も多かったのではないでしょうか。

そんな時、多くの善意に助けられ、多くの言葉に救われ、自分自身を励ましてこられた方もおられたと思います。


すべての涙は 解放になり

すべての問題は 成長になり、
すべての失敗は 経験になり、
すべての悩みは 扉になり、
すべての苦難は 思い出になり
すべての終わりは始まりになる  (しみず たいきの言葉より)

山があれば谷があるように、この世は楽しいことばかりではありません。人生は四苦八苦です。

しかし生きてさえいれば・・・


■ 人生は夕方から楽しくなる。~希望を失わない~

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将来を嘱望されドイツに渡ったフジコヘミングさんは、晴れ舞台を目前にして病に倒れました。ピアニストとして致命的な聴力を失う病気に侵されたのです。その後スウェーデンで回復訓練を受けピアノ教師として何とか生計を立ててきました。

お母様の死後、日本に戻ったものの、「気持ちは真っ暗な日々」 が続いたそうです。

しかし、99年2月、NHKで自身の特集が放送され、一躍、時の人となり、 同年夏に発売した最初のCD 「奇蹟のカンパネラ」 は翌年の日本ゴールドディスク大賞(クラシック・アルバム賞)を受賞。

「不思議ですよ、本当に不思議。生きていれば面白いこともないではないのよね」 (毎日新聞20161216日 東京夕刊より)

失意のどん底にいたフジコヘミングさんは人生の晩年で大きく花が開いたのです。また、99歳の詩人柴田トヨさんは、詩集 「くじけないで」 が160万部の大ヒットをしました。

人生は夕方からでも夜遅くからでも好転することがあるというのは、どうやら本当のようです。
 
だから希望を失わず、どう生きたら良いかを模索することにしました・・・

■ 人生は出会いが決める~良い人間関係の構築~


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ハーバード大学の成人発達研究チームは、 私たちの「健康と幸福」をテーマに、75年間724人の男性を追跡し、徹底的に仕事や家庭生活・健康状態などを記録しました。

75年間、724人の人生から得た 何万ページにもなる情報から分かった事は何だったのでしょうか?

私たちの健康や幸福は、「良い人間関係がもたらす」 という事が判明したというのです。

それは富でも名声でも、無我夢中で働く事でもありませんでした。

テレビやパソコンの前の時間を、どれだけ人と過ごす時間に充てるかだけで人生は幸福になり健康も保てるというのです。

( 以上、TED 人生を幸せにするのは何? 最も長期に渡る幸福の研究から )参考サイト


ふれあいのかけらが 人生を変えてゆく。
 ( さだまさし 天まで届けより )

たとえ不遇な環境にあっても、良い人間関係を築くことが 「健康と幸福」 への道だということが分かりました。

良い人間関係とは、寄り添い、理解し、分かち合う関係です。

希望を失わず、良い人間関係を築くことに注力し、さらに・・・

 

■ 人生を深め、感動を積み上げる。

「ワトソン君、君は見ているが観てはいない」    シャーロック・ホームズ の言葉 

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何気なく過ぎる日常。その日々のシーンを私たちは注意深く見つめているでしょうか?

例えば季節の移ろいを五感で感じ取っているでしょうか?また心で感じているでしょうか? 「聞いてはいるが聴いていない」 「食べているが味わっていない」 のではないでしょうか。

そんな漫然とした生き方は人生を味気ないものにしてしまいます。逆に、日常の「小さな感動」 の積み重ねが人生を豊かにしてくれると思います。

この世に生を受けたこと自体が奇跡です。人生は奇跡の連続かも知れません。


『今』 見ることができる奇跡、
『今』 音が聞こえる奇跡
『今』 触れることができる奇跡  (しみずたいきの言葉より抜粋)

「今」 を大切に、日々感動を積み上げていきたいと思います。


■ 理想の生き方を求めて

私たちにとって生きるのが大変な時代ですが、65歳を過ぎて、まだ自分中心で生きていては恥ずかしいと思います。

人として恥ずかしくない生き方、心が喜ぶ生き方、年相応の生き方を自問し、答えを見出して行かねばなりません。


「温恭自虚(おんきょうじきょ)」 温かく慎ましく、自我や迷いのない清明な心持ち。

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今年のテーマは 「温恭自虚」 です。利他の精神を養い、年齢と共に謙虚になることです。昨年も 「キレる老人」 が増えていると書きましたが、たとえ義憤であっても、そこに自我のかけらがある以上、正しい生き方とは言えません。

「過去」 を引きずり悲しみに暮れることなく、不安な 「未来」 を嘆くことなく、「今」 を精一杯生きる。その中で人との出会いを大切にし、寄り添い分かち合って共に生きる。
 
さらに、自我を捨て謙虚にして相手を敬い、心は澄んで清明である。崇高ともいえる人間像ですが、理想は高い方が良いでしょう。

高い理念を追求しながら、「今」 を精一杯生きる。その上でもう一つ心に留めることは 「善意・善行」 の本質です。


雑毒の善(ぞうどくのぜん)から無償の善へ
  

親鸞上人は著書 「教行信証」 の中で、我々が行う善行には悲しいかな 「毒」 が含まれている(雑毒の善)と説きました。これは本当の善行ではなく偽善です。

私たちは何かをしてあげても(善行)、心のどこかで見返りを求めています。何かをプレゼントしても、「ありがとう」 のひと言がなかったら腹が立ちます。車内でお年寄りに席を譲っても、感謝されなかったら、「何という年寄だ」、と憤慨します。

所詮、私たちのやる善行は、毒の雑じった善、「雑毒の善」 でしかありません。

見返りを求める善行ではなく、無償の善行(愛行)こそが正しい人の道です。その道は凡人が極めることは難しいかも知れませんが、努力をする価値はあると思います。


「かくも短い人生に、諍い、謝罪し、傷心し、責任を追及している時間などない。 愛し合う為の時間しかない それが例え一瞬にすぎなくとも」  マーク・トウェイン


■ 利他の心で感動の与生を生きる

この世に生を受けた理由、四苦八苦の人生を歩む意義とは?人類の命題とも言えるテーマを自分なりに考察してきましたが・・・ まだ判然としません。何となく文を書き連ねたに過ぎません。

ただ、このように考えた経過が大切だと思います。書くことで思考が整理され、考えることで思考が深まります。

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その上で私が考えた理想の「人生の在り方」 とは、人のために生きるということです。出会いには意味があります。家族も友人も、道端で会った人も・・・ その人たちのために何か役に立ってあげようとする行為(善行)です。もちろん見返りは求めません。

日々生かされていることに感謝し、小さな感動を積み上げ、自我を捨てて謙虚に生きることです。たとえ不遇な環境であっても決して希望を失わず、多くの仲間を作り、共に生きることです。
 

すなわち、与えられた人生に感謝し、人に奉仕する生き方です。それは、「与生」 という二文字で表すことが出来ます。

人の晩年は、決して余った生 「余生」 ではありません。与えられたという意義を知り、生ある限り 「天命」 を全うすることが求められています。平坦ではないその道を楽しみながら、一歩一歩進んで行こうと思います。


老人幼稚園年少組の私が、現在考えうる 「人生の在り方」 について稚拙ながらも自説を披歴し、年頭の所感といたしました。最後までお付き合い下さいましてありがとうございました。


 

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