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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2016年12月 6日 (火)

無題

相変わらずコンサート通いが続いています。当ブログで紹介できないコンサートも多く・・・

(11・4 清流ガラコンサート1、11・5 バリトンリサイタル、11・7 ピアノリサイタル、11・13 ミュージックギフト、11・20 ソプラノリサイタル、11・21 清流ガラコンサート2、などなど。)

開催日によっては、昼と夜とか、AホールとBホールとか、2本以上が重なることもあり、「コンサートのはしご」 をする事も。

このように地方でも毎夜のようにクラシックコンサートが開かれることは喜ばしいことですが、クラシック人口が増えているわけではありません。

会場では顔見知りの人も多く、いつも同じ人が足を運んでいることになります。そして若い人はあまり見かけません。


この現象をどう考えたら良いのでしょうか。

東京など大都市の一流コンサート(海外の著名演奏家など)は、クラシック音楽ファンが集まります。都市圏は人口も多く、クラシック人口も多いのです。

地方でも、著名演奏家のコンサートは何とか成り立っていますが、集客には苦労しているのが現状です。都市と地方の格差がコンサートにも表れています。

それでも、地方でのコンサート回数は減りません。プロ、セミプロ、アマチュアの演奏会が連日行われています。

ですから、会場を確保するのは容易なことではありません。土日などは一年先でもすぐ埋まってしまいます。

苦労して開催したコンサートですが、満席になることは滅多にありません。地方の悲しい現実です。

座席を埋めるために、友人知人はもちろん親戚から近所の人にまで券を配ります。出演者のお弟子さんはチケットを買わされることもあります。そして、多くの演奏家や合唱団員にはチケットノルマが存在します。

言ってみれば馴れ合いで成り立っている地方のクラシックコンサート。本当に聴きたくて行っている人は何人いるのでしょう。もちろん地方に限ったことではありませんが・・

コンサートの回数ばかり多く、義理で行く人が増えれば、緊張感のないステージになってしまいます。結局のところ、演奏家は育ちません。

すべてではありませんが、馴れ合いと自己満足で成り立っているクラシックコンサートが多過ぎます。これが 「文化」 だと勘違いしている人が多過ぎます。


誰もがステージに立ち、誰もが音楽を楽しめることは素晴らしいことですが、演奏家も聴衆も、「文化」 の意味を再考し、「芸術」 の頂(いただき)を見つめることが、今求められていると考えます。

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