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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2016年8月28日 (日)

ウスリーの赤き流れに

演劇については全くの門外漢ですが、知人の薦めで 「ウスリーの赤き流れに」 という舞台を観る機会に恵まれました。

ウスリーとは、ユーラシア大陸の北東部を流れるウスリー川のことで、戦時中は満州国(日本が統治)と、ソ連の国境をなす要所でした。

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その要所にあった関東軍の 「虎頭(ことう)要塞」 の攻防では、
日本が無条件降伏した昭和20年8月15日を過ぎても、ソ連軍の猛攻により、民間人を含む日本の国境守備隊など2千数百名が命を落としました。

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画像出典  虎頭要塞日本側研究センター

終戦後に何故このような悲劇が起こったのか? 生き残った日本兵3名の証言をもとに製作されたのが 「ウスリーの赤き流れに~1945年8月の証言」 です。 (今回は平成12年初演の再演)

戦後71年、戦争を決して風化させてはいけない!と言う決意と、反戦の強いメッセージを感じる公演でした。 役者さんのセリフに 「平和の願い」 が込められていました。

しかし戦争体験者は減って風化は進んでいます。 戦争の生き証人で、反戦を訴え続けたジャーナリスト むのたけじさんも、先日101歳で他界されました。


誤った国策により他国を侵略し、遂には熾烈な沖縄戦、本土空襲、原爆投下、そしてソ連の参戦による在留邦人の悲劇、シベリア抑留。 非人道的で理不尽な状況下で、310万人もの日本人が犠牲になったのです。

本公演は、「平和」 と言う美名のもとに 「戦争が出来る国」 に変貌しようとしている日本の現状に、「強い警鐘」 を鳴らすもので、上演の意義は深いものがありました。


会場近くの公園で、ポケモンGOに興じる多くの若者を見かけました。この平和がいつまでも続くことを願いながら帰途につきました。

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