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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2015年4月 2日 (木)

戦後70年 慰霊の旅 その壱

安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから

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「平和の祈り」 書家 金澤翔子氏 公式サイトより http://www.k-shoko.org/works/



かねてから計画していた 「戦後70年 慰霊の旅」 に出掛けました。

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東京は、何処へ行っても 満開の桜が出迎えてくれました。(皇居東御苑)

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千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、70年前の大東亜戦争で亡くなった全戦没者の慰霊、追悼のための聖苑であると同時に、海外で戦没され、日本に持ち帰られた、お名前の分からない 「無名戦士」 のご遺骨が奉安された墓苑です。

菊の花をお供えさせていただき、御霊の安らかなご冥福をお祈りし、今日の平和に感謝し、恒久平和を祈念いたしました。


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靖国神社には、幕末から大東亜戦争に至る246万6千余柱の軍人、軍属の御霊が英霊として祭祀されています。

正式に昇殿参拝させていただき、玉串を捧げ、往時を偲び、感謝と平和の誓いを申し上げました。 

私たちの両親や祖父母の時代は、戦争の時代でした。塗炭の苦しみを味わった先人の犠牲の上に、今日の繁栄が築かれているのですから、先祖を敬い、慰霊するのは当然です。

靖国神社にはA級戦犯が合祀されていることから、様々な問題があるようですが、そのことは改めて当ブログで述べさせていただきます。


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この辺りは都内でも屈指の桜の名所ですが、見物客がベンチのように座っているのは、実は戦時中の日本軍の高射砲 (九八式高射機関砲) の台座です。 皇居を防衛するために設置されたものだそうです。 全部で7基ありましたが、こんな所にも戦争の跡が残されているのですね。


今回の慰霊の旅は好天に恵まれましたが、日本の平和には、去年あたりから暗雲が立ち込めています。 戦後70年、今こそ平和の尊さを考える時です。日本の将来と、世界の将来に、一点の曇りもない輝かしい未来が訪れるよう心から願いつつ帰路に着きました。


■ 慰霊の旅 番外編 ↓

http://manriki358.cocolog-nifty.com/blog/2015/04/post-d853.html

□ 慰霊の旅 その弐 ↓

http://manriki358.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-e9f6.html

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