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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2015年2月 6日 (金)

憎しみの連鎖 私には分からない

ヨルダンは、イスラム国の首都とされるラッカに対し大規模な空爆を行った。 自国のパイロットを無残に殺害された報復である。

ヨルダン国内の報復を叫ぶ声はエスカレートしている。

しかし、イスラム国も反撃に出るだろう。 さらなるテロの危険は増した。

双方がいかに正当性を主張しても、報復という名の殺し合いに変わりはない。

一方、リシャウィ死刑囚の刑が直ちに執行されたが、そのリシャウィは、イラク戦争の際、米軍による空爆で3人の兄弟と夫を失っている。

ここにも報復の連鎖がある。さかのぼればキリがないかも知れない。


神は何故、憎しみという感情を人間にお与えになったのか。 万物の霊長たる人間同士が傷つけ合い殺し合うような恐ろしい世界が何故出現するのか。私には分からない。

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太宰治の短編 「 女生徒 」 の一節に、「可愛い草とそうでない草と、形はちっとも違っていないのに。」 という文がある。

全く同じ草なのに、小説の女生徒は単なる直観で、「可愛くていじらしい草」 と、「にくにくしい草」   を区別して、草むしりをしている様子が描かれている。



草の世界なら未だしも、人間の世界である。どうして区別することが出来るのだろう。誰にでも生きる権利があり、この地球に生を享けた尊い存在である。

人種は違っても、人類としては全く同一の種であるにもかかわらず、人間は自ら「自他」 を区別して、反目し合うことを覚えた。

草は人間により不当にも区別されたが、人間は自らを区別したのである。

同じ人間、形はちっとも違っていないのに ・・・・・   

私には分からない。

 

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