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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2014年6月16日 (月)

一日遅れの父の日に

く ち な し
            作詞:高野喜久雄 作曲:高田三郎


荒れていた庭 片隅に
亡き父が植えたくちなし
年ごとに かおり高く
花はふえ
今年は十九の実がついた

くちなしの木に
くちなしの花が咲き
実がついた
ただ それだけのことなのに
ふるえる
ふるえるわたしのこころ

「ごらん くちなしの実を ごらん
熟しても 口を開かぬ くちなしの実だ」
とある日の 父のことば
父の祈り

くちなしの実よ
くちなしの実のように
待ちこがれつつ
ひたすらに こがれ生きよ
と父はいう
今も どこかで父はいう

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父の日に、この歌を聴く機会に恵まれた。 しみじみとした歌唱だった。

くちなしは、実が熟しても口を開かないことから 「 くちなし 」 と名がついた。

くちなしのように、ただひたすら生きよ、と父は言う。 どんなに辛いことがあっても弱音を吐くことなく、「 ひたすらに、こがれ生きよ 」 と父は言う。

真っ直ぐな父の生き方に共感を覚えると同時に、「ひたすらに、こがれ生きよ」という言葉に込められた熱い父のメッセージを聴くことが出来る。父は「決して希望を失うな」と言いたかったのだろう。 

今も、父はどこかで私の幸せを願っているのだ。一日遅れの父の日に、昨日聴いた「くちなし」が何度も私の心を揺さぶった。

参考動画↓ 眼を閉じてどうぞ

http://www.youtube.com/watch?v=jQI4xmnoQL4

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