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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2014年5月27日 (火)

ある日の新聞 (アクセス15000回記念)

当ブログもお蔭様でアクセス15000回を数えることが出来ました。感謝申し上げます。

さて、世はインターネット時代ですが、新聞は「知の宝庫」であり、「文化の集積」であり、「言論の発信」であり、「精神の探究」であり、「豊かな話題」と「膨大な情報」をもたらすメディアとして大きな役割を果たしています。

中には三面記事のように、事件や事故ばかりが目立ち、読めば読むほど「心が真っ黒」になるものもありますが、逆に「心が豊かになる」記事や「共感を覚える」記事も多く、読み手が取捨選択することで、新聞の価値を自分なりに高めたり、活用したりすることが可能になります。

そこで、今回は「ある日の新聞」と題して、角度の違う5本の記事を紹介し、あらためて新聞の価値について考えてみたいと思います。

<その1>

良寛に学ぶ (下) 瀬住(よりずみ) 光子氏

誰もが知っている良寛さん(1758~1831)の「愚」に徹する心の在り方に焦点を当てた内容で、彼の詩を紹介することで、執着を排し「無」の境地にたどり着いた良寛の生き方に迫っている。 その詩は次の通りである。

「これまでの人生、世俗に交わり身を立てる気もなく、何にもこだわらず、おのずからなるありように悠々と身を任せてきた。それでも、生きていくだけの米三升も薪一束もある。これ以上何も必要ない。悟りも迷いも、ましてや、名誉だの利益だの俗世の煩悩は私の知ったことではない。終夜雨の降る草庵の中で、私は両足をのんびりと伸ばすのだ。」

筆者は、この詩を読み取り、良寛はあらゆる作為から解放されて自由な生活を得て、「無一物」の境地に至ったと解説する。

「愚」に徹して、執着を断じ、「無一物」の境地に到達することで、良寛は自分の前に広がる「無尽蔵」な世界を体得したのである。

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<その2>

今週のことば  違逆天地 『大無量寿経』   中村 薫氏

天地自然の間で、人間は違逆するという。自分と他人が違ったものと思い、相いれない存在であるのが人間である。現代は自然を破壊しながら、人間同士の孤立を余儀なくしている。

端的な事柄で言えば、原子力発電の問題である。これまで私たちは「原発は安全で安い」と国に騙されてきた。福島の事故によってそれが嘘であることが暴露された。にもかかわらず、原発を再稼働させようとし、日本で駄目なら外国に売りに行けばよいという経済中心の人もいる。原発事故により、いまだに家に帰れない人がたくさんいると聞く。一部の人の犠牲の上に成り立っているのが現代日本の実態である。

ところが、そういう現実の世界に対する反逆性を自己の心の内に深く蓄えているのが、他でもない私たち一人ひとりなのである。それも無意識のままに。(原文をそのまま転記させていただきました)

『大無量寿経』の中に、「違逆天地(いぎゃくてんち) 不従人心(ふじゅうにんしん)」という言葉があります。誰もが平等なひとつのいのちを受けて生まれてきたにもかかわらず、それを自分のいのちだ、他人のいのちだ、と区別して、自分のいのちを優先させて生きようとし、一切の他を自分ならぬものとして関係を断ち切って排除し、いのち自身の持っている通じ合いを否定し競争する心です。その自分という意識に立つ限り、他と本当の愛や信頼で結ばれることはありません。

筆者は、『大無量寿経』の中に現代日本の人心の姿を観ています。

釈迦は、たとえすべての経典が無くなっても、この「大無量寿経」だけは永遠に残り、すべての人を絶対の幸福に導くと予言しました。私も勉強してみたくなりました。

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<その3> 

サラリーマン川柳 ベスト10

第一生命が、22日発表した「 第27回サラリーマン川柳 」 人気投票の結果が載っていました。すでにご存じの方も多いので、3本だけご紹介します。

1.うちの嫁 後ろ姿は フナッシー

2.帰宅して うがい手洗い 皿洗い

3.やられたら やり返せるのは ドラマだけ

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      やはり日本は平和というべきか・・・



<その4>

歌はなお生き続ける  春日井建さん没後10年

中部歌壇をけん引した歌人、春日井建さん(享年65)が亡くなってから22日で丸10年を迎えた。名古屋市東区の文化のみち二葉館では、故人の軌跡をたどる展示が6月15日まで開かれている。

この記事を読むまで、春日井さんという歌人を知らなかったが、彼は愛知県江南市で生まれ、名古屋を中心に活躍していたという。

Appearance

           文化のみち二葉館

19歳で発表した歌集は、三島由紀夫から「現代の藤原定家」と絶賛されたという。

ダンディでスタイリッシュな人で、その格好の良さが作品にそのまま表れていた。

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太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋ふ

海鳴りのごとく愛すと書きしかばこころに描く怒濤は赤き

空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし

与えあふいのちなき夜のわれのために彫られてありしラオコーンの像

 ※ラオコーンとは、バチカンにある古代ギリシャ彫像

星空の下いきいきと訪(と)ひゆくに与ふるべきものはこころの何処(いづこ)

                                         歌集「未青年」より


<その5>

「9条に平和賞 陳情文書を提出」 超党派国会議員が提出

憲法九条が2014年のノーベル平和賞候補として受理されたのを受けて、超党派の国会議員60名が、ノルウェー大使館を訪れ、委員会宛てに受賞を陳情する文書を提出した。

菅直人元首相をはじめ、自民、民主、維新、共産、社民、生活、無所属の衆参議員が賛同者に名を連ねたという。

この記事からは60人の氏名は分からないが、集団的自衛権行使に前向きな自民党からも賛同者(2名とのこと)がいることに少なからず驚いたと同時に、公明党がゼロというのも不思議な気がした。そして、脱原発の小泉、細川両元首相、今回の菅元首相が、第一線を退いても、なお日本の進路に大きな危機感をもって行動している事実に、今日の政治の閉塞感を見る思いがした。

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                        ある日の新聞=2014年5月23日付中日新聞朝刊





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