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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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2014年3月29日 (土)

「我」のない心で自己を拝む

このほど、天皇皇后両陛下が伊勢神宮を参拝されました。

近鉄名古屋駅で両陛下をお迎えした際、後方の宮内庁職員がうやうやしく運んでいたハードケースの中身が、いわゆる「三種の神器」のうちの、「八尺瓊勾玉 やさかにのまがたま」と、「草那芸之大刀 くさなぎのつるぎ」です。

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       時事通信社ニュース写真より

伊勢神宮のご神体は、「八咫鏡 やたのかがみ」です。

私たちは、この「かがみ」をご神体として拝むことになります。

「かがみ」には、拝んでいる自分自身が映ります。

すなわち、神様に向かって手を合わせる時、私たちは自分自身の姿を拝んでいるわけです。

神様を拝むということは、自分自身の神性を見出すことにつながっているのです。

しかし、私たちが鏡に映る「自己の神性」を見出すためには、心の中の「我」という意識を取り払わねばなりません。

自己中心の「我」の心を取り払うことで、私たちは神の御心(みこころ)と一体になれるのではないでしょうか。

その数式は、

かがみ(鏡) - が(我) = かみ(神)

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