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2013年12月27日 (金)

海を渡る蝶

久しぶりに絵の師匠に会ったら、自分が好きだと言う 「一行詩」 を紹介してくれた。

 「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」

ちょうちょうが一匹、だったん海峡を渡って行った。

詩人、安西冬衛(あんざいふゆえ)の作った 「春」 と題する詩であった。

Img_20170225_0001_new

何という鮮烈な響きであろうか。

韃靼とは、だったんと読み、タタール人のことを指すらしい。(ボロディンのだったん人の踊りも同様)

だったん海峡とは、間宮海峡のことで、樺太(サハリン)と、ユーラシア大陸の間の海峡をいう。

もし、この詩が、「間宮海峡を渡って・・・」 であったら、迫力がない。 韃靼(だったん)の二文字が強烈に印象に残る。


それにしても、渡り鳥ならいざ知らず、あの可憐な蝶が、海を渡れるのだろうか。

でも以前TVで見たことを思い出した。

海を渡る勇敢な蝶はいるようだ。その姿を、安西冬衛は見たのだろうか。

調べてみると、彼は病に伏せて大陸に留まり、樺太(当時は日本領)に帰ることは叶わなかったらしい。


彼は、蝶を見てはいない。


故郷に帰れない自分の気持ちを、蝶に託して、蝶を見送ったに違いない。

詩情あふれる詩だが、切なくもある。


解釈は色々できるが、私は、この詩は 「人間の生きざま」 を詠んだ詩ではないかと考え た。

春とはいえ、まだ寒風吹きすさぶ洋上を、果たして蝶は無事に故郷(樺太)にたどり着けたのであろうか。


飛び立ったら、決して、戻ることも休むことも許されない決死の旅立ちである。

ひたすら羽を動かし、必死に飛び続けるしかない。人生にはそんな厳しい時期がある。


しかし、ある瞬間、追い風が吹いて、蝶はうまく風に乗った。自然に任せ、蝶はひらひらと宙を舞った。 が、そんな蝶を渡り鳥が狙っている。蝶も油断できない。


自然と蝶が織りなす壮大なドラマがそこにある。

絵の師匠は、自分の人生をこの蝶に重ねたかも知れない。


大自然の中で生かされている私たちは、この蝶の純真な生きざまと覚悟を学ぶべきではないか。


たった18文字の詩が、こんなにも心を豊かにしてくれるものかと改めて思った。


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