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書の作品

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    師匠である 安田朴童先生、馬淵仙園先生のお手本を見て書かせていただいています。少しですが自己流の書もあります。 まだまだ未熟ですが、精進して参りますので、ご支援の程お願い致します。

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壺中日月長とは

  • ある町に住む薬売りの老人(実は仙人)は、店先にぶらさがっている壺に時々身を隠してしまいます。 壺の中は別天地。時は悠々と流れ、豊かで充実した人生がありました。 人は、心の持ち方で、このような境涯に達することが出来るのでしょうか。 定年後は、「何をしてもいい自由」と、「何もしなくてもいい自由」 を得たのですが、私も壺中日月長の心境で、悠々としながらも豊かで充実したセカンドライフを目指したいと思います。 このブログは、そんな日々の出来事や思いを書き留めたいと始めました。
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特別記事 【ルーツを辿る旅】 ↓ (作成中)

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2018年12月13日 (木)

恒例のミニおせち

月一回の「男の料理教室 in ほのりんクッキングスタジオ」では、今年も「おせち料理」に挑戦しました。

1.紅白かまぼこ

  これは料理ではなく、ただ切って市松模様など見栄え良く盛り付けるだけです。

2.伊達巻き

  おせちの定番です。フードプロセッサーで混ぜてフライパンで焼き、巻いて完成。

3.豚の八幡巻き

  ごぼうをささがきにして、豚肉で包み、タレに絡めて焼くだけです。

4.紅白なます

  大根と人参、干し柿、柚子を使います。美味しく出来上がりました。

5.栗きんとん

  瓶入りの栗の甘露煮を使用します。くちなしの実で色付けします。

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冬の陽ざしが気持ち良い窓際のテーブル

写真左は、料理研究家の山川先生の特製丼です。これが一番おいしかった~


今年の食べ納めに大満足のオジサンたちでした。

2018年12月12日 (水)

みなも息災か

2018年、今年の漢字は「災」に決まりました。

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清水寺の森清範(せいはん)貫主(かんす)の揮毫(時事通信社)

日本漢字能力検定協会が例年この時期に発表していますが、今年の世相を一字で表す漢字が、「災」とは何とも縁起の悪い一字です。

確かに、今年の猛暑は「災害級の暑さ」(新語・流行語大賞入賞)と呼ばれました。

そして、西日本豪雨や北海道の地震の被害は甚大でした。さらに台風21号などが猛威を振るった年でもありました。自然災害の当たり年だったわけです。

その意味で、今年の漢字が「災」になったのは当然かも知れません。


■ 「災い転じて福となす」、そして「誰もが健康な一年に」

「災」の2018年はもうすぐ終わります。

来年は年号も変わります。今年の「災」を引きずらないで、「福」のある一年にしたいものです。

そして、「災」が付く唯一の意味の良い熟語は「息災」です。無病息災の「息災」で、健康の意味です。「息災」の一年にしたいものです。

宮崎アニメ「風の谷のナウシカ」のユパのセリフに、「みなも息災か」という場面があります。(風の谷のナウシカ全セリフ

「みなも息災か」 ~国民が健康で暮らせる一年になりますよう~

2018年12月 6日 (木)

佐村河内氏へインタビュー(週刊新潮)

もう1年以上も目立った進展がなかった佐村河内事件ですが、このほど週刊新潮がインタビューに成功したもようです。

そもそもこの事件は、5年前に週刊文春のスクープ記事「全聾の作曲家佐村河内守はペテン師だった!」がきっかけで世間を騒がせたわけですが、その後佐村河内氏は沈黙を守っていました。

当ブログは、この事件のその後を「佐村河内事件とその後」と題して72本もの記事を書いてきましたが、最近は新垣隆氏の活躍が目立つばかりで、肝心の佐村河内氏についての新しい記事はありませんでした。

したがって約1年ぶりの更新となります。

■ “表に出るのは、もう二度とごめんです”

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写真出典 Livedoor NEWS(デイリー新潮)

インタビューによると、

佐村河内氏は、表舞台に出ることに極めて消極的で、「地下に潜って書きたい。表に出るのは、もう二度とごめんです」と語ったとのこと。

そして、フジテレビからの熱心な出演オファーも断ったとのことです。まだ反省が足りないと思っているようです。

しかし一方で、ザ・グレート・サスケ(49)というある人物の依頼を受け、作曲も手掛けていると語り、復活の兆しが見え隠れします。

佐村河内氏はインタビューの中で、「表には出ずにいいものを作っていきたい。」との心境を吐露したようです。

詳しくは、12月6日発売の週刊新潮をご覧ください。当ブログも読んでみます。

2020年に向けて

1年の長さは
3歳のときは3分の1
18歳のときは18分の1
40歳のときは40分の1

歳を増すごとに1年のスピードはどんどん速くなっていく。(by しみずたいき)

                      
早いもので師走に入り、今年も残すところ20日余りとなりました。

師走の風物詩といえば、ベートーヴェンの「第九」です。

今年はすでに3公演を聴かせて頂き、あと2公演で打ち止めの予定です。

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2018・12・2 この日も超満員の盛況でした

見る方も忙しいですが、歌うソリストや合唱団員も忙しい年末です。ある合唱団員は3つの「第九」公演を掛け持ちすると言っていました。

いったい日本中でどれだけの「第九」が歌われているのか誰にも分からないでしょう。それほど日本の年末は「第九」一色です。

そして、この傾向は次第にエスカレートして、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで頂点に達するでしょう。

何故なら、2020年は、ベートーヴェンの生誕250年のメモリアルイヤーだからです。

平和の祭典オリンピックと、歓喜の歌「第九」は、「人類愛」というキーワードで結ばれるのです。


世界には領土問題や貿易摩擦、人種差別などの問題が山積し、貧富の格差が増大していますが、その波は日本にも押し寄せています。

「今の世の中、右も左も真暗闇じゃござんせんか。」は、鶴田浩二の演歌「傷だらけの人生」のセリフですが、「傷だらけの日本」になるのはまっぴらごめんです。

しかし、明るい材料も沢山あります。あまりネガティブになることなく、2020年に向けて輝かしい展望が開かれていくことを皆様と一緒に祈ろうと思います。

(そう言えば、12月6日は鶴田浩二の誕生日でした。)

2018年11月29日 (木)

国内外のCMが面白い Ⅴ

テレビCMで聴くクラシック曲あれこれ を15本更新しました。

これで、当ブログがご紹介した「クラシック音楽を使用したCM」は130本を超えました。(リンク切れはご容赦下さい)

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テレビCMで聴くクラシック曲あれこれ 

2018年11月25日 (日)

胸に迫る「冬の旅」

バイエルン放送響の首席ヴィオラ奏者 ヘルマン・メニングハウス(ピアノ諸田由里子)のコンサートを聴く機会に恵まれました。 (2018・11・24 NBKコンサートホール)

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秋の夜に相応しい深い味わい。

大柄、長身のメニングハウスが奏でる繊細で研ぎ澄まされた音色と、豊かな響き。

シューベルトの歌曲「冬の旅」から8曲。普通はバリトンで歌われる曲ですが、今回はヴィオラで演奏されました。ピアノソロやギターで聴いたことはありますが、弦楽器で聴くのは初めてでした。

メニングハウスは、歌詞に込められた若者の心情を、ヴィオラの旋律に織り込んで詩情豊かに歌います。好きな曲だけに光景が浮かんできて胸が詰まりそうになりました。

そして、ピアノの諸田さんの音色がピュアで美しく音楽的だけでなく、ヴィオラの息遣いを感じながら弾いている(同期させて)点が素晴らしいと思いました。


後半は、シューベルトの「アルペジョーネ・ソナタ」。チェロやヴィオラで演奏されるシューベルトの名曲で、出だしの流れる様な音楽に魅せられた音楽ファンは多いのではないでしょうか。

メニングハウスは感情に流されることなく、音楽の本質に迫ろうとします。一貫して高い精神性を湛えた演奏はシューベルトを敬愛するメニングハウスの誠実さを感じさせるものでした。

アンコールは2曲。フランスの有名なチェリスト ポール・トルトゥリエの逸話も聞けましたが、特にシューベルトの「万霊節」が絶品でした。


今回も主催関係者の皆さんに深謝し、寒中対策のお心遣いに御礼申し上げます。

2018年11月21日 (水)

お寺で聴くインド音楽

毎年、どうだんつつじの美しいこの時期に、信長ゆかりの崇福寺で「どうだんつつじコンサート」が行われます。  (2018/11/21 崇福寺本堂)

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今年は、「民族音楽メドレー」と題して、アメリカ人とインド人のお二人による インド音楽中心のコンサートでした。途中、日本女性も加わって仮面舞踊劇もあり、興味深く拝見しました。

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T.M.Hoffman                  Ashwini Kumar Mishra

立冬を過ぎたとはいえ、暖かい日差しの中、秋の午後のひとときを優雅に過ごさせていただきました。インド音楽は日本の古典音楽とも関係がありそうです。

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本堂裏手のどうだんつつじ
 

紅葉と音楽の両方を楽しみたい欲張りな方は、是非来年お越しください。

2018年11月20日 (火)

第10回浜松国際ピアノコンクール ファイナリスト決まる

第10回浜松国際ピアノコンクールのファイナリスト(第3次予選通過者)が決まりました!

次の6名の方です。おめでとうございます。


1.ジャン・チャクムル(Can CAKMUR)  トルコ / 1997年生まれ 〈20歳〉

2.今田 篤(IMADA Atsushi)  日本 / 1990年生まれ 〈28歳〉

3.イ・ヒョク(LEE Hyuk)  韓国 / 2000年生まれ 〈18歳〉

4.務川 慧悟(MUKAWA Keigo)  日本 / 1993年生まれ 〈25歳〉

5.牛田 智大(USHIDA Tomoharu)  日本 / 1999年生まれ 〈19歳〉

6.安並 貴史(YASUNAMI Takashi)  日本 / 1992年生まれ 〈26歳〉

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浜松国際ピアノコンクール公式サイトより(クリックで拡大)

今回は節目の第10回大会でしたが、世界中から集まった第1次予選出場者は88名、ピアノの鍵盤は88鍵ですから、偶然とはいえ何かを予感させるスタートでした。

本日(11月20日)、本選出場の6名が決まったわけですが、全員男性でした。そして日本人が6名中4名。地元静岡県出身者(安並氏、今田氏)が2名。

異例ずくめの大会になりました。本選では、6名の出場者がすべて違った協奏曲を弾くことになっています。

※本選曲リスト http://www.hipic.jp/timetable/final/?id=1&m=11&d=23

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さて、今まで過去9回、実は日本人の1位はありません。第7回では、前回のショパンコンクールの覇者チョ・ソンジン氏(韓国)が1位でした。

今回は、初めて日本人が第1位に輝くことが出来るのでしょうか。

注目の本選は、11月23日~24日(アクトシティ浜松大ホール)です。もちろんチケットは完売ですが、ライブ配信はこちらです。
http://www.hipic.jp/streaming/


■ 本選結果
 (2018・11・24 発表)

第1位 No.10 ジャン・チャクムル Can CAKMUR (室内楽賞)

第2位 No.79 牛田智大 USHIDA Tomoharu (聴衆賞)

第3位 No.41 イ・ヒョク LEE Hyuk

第4位 No.22 今田篤 IMADA Atsushi

第5位 No.50 務川慧悟 MUKAWA keigo

第6位 No.90 安並貴史 YASUNAMI Takashi

その他、日本人作品最優秀演奏賞に梅田智也、奨励賞にアンドレイ・イリューシキン



残念ながら、日本勢の1位はありませんでした。

尚、1位のジャン・チャクムル氏の使用ピアノは、カワイのSK-EX(予選から本選まで全てカワイを使用)でした。

公式ピアノは、ヤマハ、カワイ、スタインウェイですが、前回の第9回に続いて、1位のピアニストがカワイを選んだことは、カワイ関係者に取って大きな朗報と言えそうです。

譜面台に楽譜がない

あるラウンジで、ウクライナ出身の女性歌手のライブを聴くことができました。グランドピアノを弾きながらのライブ演奏です。

ビートルズナンバーから「イエスタディ」などを心地よく聴くことができましたが、

よく見ると・・・

ピアノの譜面台が何やら青白く光っています。どうもタブレットのようです。

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この歌手は、楽譜の代わりにパソコンのタブレットを使っているようですが、その画面が青白く光って見えました。

大判のタブレットと小さめのタブレット、さらにスマホの3台が譜面台に並んでいました。大判のタブレットには楽譜(五線譜)が表示されていました。タブレットの液晶画面が楽譜になっているのです。

話しには聞いていましたが、実際見るのは初めてでした。時代は確実に変わっています。もう重たい楽譜を何冊も持って歩かなくても良い時代が来たわけです。これは、音楽シーンに革命が起きたといっても良いほど画期的なことです。


それにしても一番驚いたことは、このタブレット表示の楽譜の画面がスクロールすることです。演奏に合わせて楽譜のページが自動で進んでくれることです。すなわち、譜めくりが要らないということです。

後で分かったことですが、この電子楽譜には書き込みも出来るそうです。もちろん、手書きの入力OKとのことです。どういう仕組みか知りませんが、本当に便利な時代が到来しています。

近い将来、ピアノの譜めくりは必要なくなるのでしょうか。そして印刷された楽譜も必要なくなるのでしょうか。

タブレットが薄型になった今、その可能性が現実味を帯びてきたと思います。

すでに、ピアノの譜面台に液晶画面が組み込まれた製品も実用化されていますが、タブレットタイプか、譜面台内蔵タイプかは別として、いずれは楽譜の多くが電子化されることは間違いなさそうです。

最新のデジタル機器と、アコースティックな楽器の融合で音楽シーンはどのように変わるのでしょうか。注視したいと思います。


■ その後BSで、『スタクラフェス!最新型クラシックの楽しみ方』という番組を見ました。何と、オーケストラ全員が電子楽譜(50台使用)でした!

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提供 GVIDO MUSIC株式会社

https://www.youtube.com/watch?v=ZXNQ310cIsM

2018年11月19日 (月)

世界トイレの日(World Toilet Day)

11月19日は「世界トイレの日」だそうです。

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©UNICEF Video

そこで、トイレの歴史に触れながら、この問題について考えてみることにしました。

■ 昔は「厠(かわや)」とも言った

トイレの呼び名はいくつもあり、「便所」とか、「お手洗い」、昔は「はばかり」とか「ごふじょ(御不浄)」と言ったりもしましたが、その昔は「厠(かわや)とも言いました。年配の方ならご存知でしょう。

「かわや」の語源は「川屋」であり、流れている川の上に小屋を建て排泄した風習からきていると言います。昔の農家で良く見られたのではないでしょうか。

日本のトイレ事情が本格的に改善されたのは、やはり戦後になってからだと思いますが、調べてみると弥生時代頃にはトイレらしき施設はあったようです。

■ トイレの進化

下水道が普及するまでは、多くの家庭は「汲み取り式」のトイレでした。その頃は、バキュームカーと呼ばれる車が街中を走っていましたが、今ではほとんど見かけなくなりました。

そして、便器も和式から洋式になりました。さらにウォシュレットが付いてトイレは革命的に進化しました。日本人のおしりは世界一清潔だと言われる所以です。

しかし、そんな快適なトイレライフを満喫しているのは日本人だけといわれ、世界ではあまり普及していません。海外は硬水でメンテが大変だったり、水質が日本ほどキレイでなかったり、治安が悪くウォシュレットが盗まれたりするからです。

■ 世界では、3人に1人がトイレのない生活をしている

ウォシュレットは無理にしても、誰もがトイレのある生活をしていると思っていましたが、何と!世界ではトイレがない人が3人に1人もいるのです。

下記のサイトによると、世界で23億人がトイレのない生活を送っており、8億9200万人が屋外(道端や草むら)で排泄を行っているのです。

ユニセフ 世界トイレの日プロジェクト公式サイト

ペットでもトイレがある時代です。何という悲惨な現状でしょうか。

■ さまざまな取り組み

世界の富の半分は、世界のたった62人の大富豪が持っています。バス1台に乗れる一握りの人たちに富みが集中しているのです。問題であることは確かですが、それが現状なのです。

しかし、そんな大富豪のひとり ビル・ゲイツ氏はトイレ開発プロジェクトに4200万ドルを拠出しました。今後さらに善意の資金が集まるかも知れません。

そして、ある日本のメーカーでは、排泄物を流すための水が不要という画期的な「バイオトイレ」を開発し、上下水道がなくても使用できるトイレを設置することに成功しています。

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出典 https://mikalet.jp/column/20170130165849/

また、「ネピア」でお馴染みの王子ネピア株式会社は、 東ティモールなどでトイレ設置支援活動を行っています。

さらに、住宅建材のLIXIL(リクシル)もユニセフとグローバルパートナーシップの締結を発表しました。

■ 2030年までに、すべての人がトイレを利用できる状況を実現(目標)

ユニセフなどの国際機関や、各国政府、ボランティア、サポート企業などの努力で、2030年までに衛生的なトイレが行き渡り、すべての人にトイレが使える日が来ることを願うばかりですが、私たちに出来ることは何か?を考えることにも意義があると思います。

日々、世界一のトイレが使えることに感謝しながら、「世界トイレの日」を過ごそうと思います。


2018年11月15日 (木)

秋の琵琶湖

秋の琵琶湖を訪れました。

長浜あたりを散策してホテルに着いたら、夕暮れがとても綺麗でした。

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あくる日、新しい名所の「びわ湖テラス」に行きましたが、

ロープウェイの切符売り場には、「濃霧」、「視界不良」、「山頂気温1℃」などと張り紙があって、

「それでもロープウェイに乗られますか?」 と聞かれました。

・・・・・

しかし、

実際に山頂に着いたら、素晴らしい天気でした。

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ロープウェイから見る紅葉も美しく。

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午後は白鬚神社によって帰路に。

途中、高島市の陸上自衛隊の演習場の近くを通りましたが、

ちょうどその時間に、自衛隊の迫撃砲の砲弾が標的から北に1kmそれて、付近の道路に着弾したニュースを聞きました。

無事に帰宅できてホッとしております。


■ 秋の歌 Op5,No.1(チェロ&ピアノ編) フォーレ ※リンク切れはご容赦下さい

https://www.youtube.com/watch?v=6tRl_zeqcIY

 

2018年11月11日 (日)

ある初恋

今、僕は三十二歳です。彼女はいません。でも、その三十二年間に恋はしました。

初恋も。

小学校三年の時でした。

小学校の二年生まで、僕は友達にも父母にも、まったく口をきかない少年でした。

話が、できない少年でした。そんな僕が、話をできる相手が一人だけいました。

その女の子がしゃべりかけてくると、その時だけは、しゃべれるのです。
その子が、
初恋の人でした。


僕はその女の子としか、しゃべれなかったのです。ほかの子がしゃべりかけてきても、まったくしゃべれなかったのです。僕はその子としか、遊ぶことができませんでした。その子はみんなと仲よく遊んだり、しゃべったりしていたけれど。

僕はいつも、ひとりぼっちでした。みんなの輪の中には、入れなかったのです。

輪の中に入ろうとも思いませんでした。

でも、みんなで、花いちもんめをする時だけは別でした。その初恋の子が、僕の手をひっぱって、輪の中に入れてくれたからです。 終わりはいつもいっしょでした。

僕一人だけ残って、

「花いちもんめ、まきさんがほしい」

と、その子の名を言う。

「花いちもんめ、大西君はいらない」

それで終わりでした。

でも、まきさんは、

「花いちもんめ、大西君がほしい」 と、

僕の国語のノートに書いてくれていたのです。


僕はそれからずーっと、まきさんのことが好きで好きでたまらなくなり、遠足の時でも、まきさんのそばから離れなくなりました。ほかの子からは、

「大西君、女の子どうしでごはん食べているから、むこうに行って食べて」

と言われても、ぜったいにまきさんのそばから離れませんでした。

それから、朝の朝礼の時でも、本当は背の低い僕は前から二番目に立っていなくてはいけないのですが、真ん中のほうへ行って、まきさんのよこに立っていました。みんなから、

「大西、いつからそんなに背が高くなってん」

と、背中とかつねられても、その場所から離れませんでした。

先生にも怒られましたが、次の朝礼の時には、また、まきさんのよこに立っていました。


僕は本当に、まきさんのことが好きだったのです。

そして、長い夏休みに入りました。

その夏休み、僕は何回か、まきさんの家をたずねました。でも、いつもみんな出かけていて、誰もいませんでした。たまにおばちゃんが出てきて、

「いなかに帰っているの」

と言ってくれるだけで、まきさんとは、夏休み中、会えなかったのです。


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いよいよ夏休みも終わり新学期が始まる日、僕は母の化粧水を服につけて学校へ行きました。まきさんと会える、と思ったからです。

でも、まきさんは学校に来ていませんでした。

僕は、「明日は会える」「明日は会える」と思って、母の化粧水を服につけて、学校へ行きました。 でも、まきさんは来ませんでした。

夏休みは終わったのに、

まきさんは学校には来ませんでした。


そして九月十六日の朝のことでした。

先生が、「実は悲しいお知らせがあります。昨日、まきさんは病気のため、お亡くなりになりました。みんな、目を閉じて」 と言うのです。

僕は、何の意味かわかりませんでした。

先生に聞いたら、先生は、

「まきさんは死んでしまったのです」

と言うのです。

僕は生まれてから、この時まで、知っている人が死ぬことがなかったので、人が死んでも、また会えるとばかり思ってました。

みんなでお葬式に行くことになって、教室に集まっていると、まきさんが教室の外の廊下のところに立って、僕を見て笑っているのです。

僕が、「まきさん。まきさん」とさけぶと、みんなから、「きもちわるー」 と言われました。

おそらく、幽霊を見たのは、あの時が最初で最後だと思います。


それから、みんなと葬式に行きました。それまで、葬式と言えばタダでお菓子をもらえるところだとばっかり思っていました。

でも、まきさんの葬式では、お菓子をもらってもうれしくなかったし、食べようと思ってものどに通らない。

--まだ、会えるような気がしてたまらなかったのです。


そして次の日、学校に行くと、まきさんのつくえの上に花がかざってありました。

僕はみんなが帰ってから、一人だけのこって、まきさんのつくえにすわり、まきさんが国語のノートに、

「花いちもんめ、大西君がほしい」と、書いていてくれたことを思い出してました。

そして次の日から、だれよりも早く教室に行って、花の水をかえて、一度家に帰って、それからみんなといっしょに登校することを始めました。

僕はその日から、そのことがバレるのがこわくて、みんなにむりしてでもしゃべりかけるようになりました。


それで、人としゃべれるようになったのです。


毎日、毎日、花の水をかえていました。

花がかれかかったら、自転単に乗ってしぎ山の下まで行って、雑草の色のきれいなのを三本ほど抜いて、かびんに入れてやりました。クラスのみんなは、

「花がかってにふえている」

とか言うので、もしバレたらどうしようと思っていました。

そうしたら、先生が、

「みんなが帰ったあと、先生が花をいけているのです」

と言ってくれたのでホッとしました。


そしてクリスマスイブの日、先生に職員室によばれて、

「大西君がまきさんの花をいけていることは、だいぶん前からわかっていたのよ」

と言われたんです。

僕は、はずかしくてたまりませんでした。先生は、

「この二学期で、つくえの上に花をかざるのはやめて、席替えをしようと思っているの。いい? 大西君」

と言いました。僕は、首を、たてにふりました。

二学期最後の席替えをしたら、前にまきさんが使っていたつくえに、偶然、僕がすわることになりました。

つくえの中を見ると、奥のほうにハンカチが残っていました。

おそらく、まきさんのハンカチだと思います。僕はそのハンカチを、小学校を卒業する時まで、ずーっと持ってました。

これが、僕の初恋でした。

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ジミー大西


しみずたいきさんのブログから一部転記させていただきました。




参考動画 ベー・チェチョル"初恋"

■ 参考動画 初恋(石川啄木 詩 / 越谷達之助 曲)/足利真貴 サラマンカホール



2018年11月10日 (土)

映画「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」

ピアソラは、タンゴを元にクラシック、ジャズの要素を融合させた独自の演奏形態を産み出し、名曲「リベルタンゴ」を世に出しました。

この映画は、そんなアストル・ピアソラの想像力の源に迫ったドキュメンタリーです。

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映画「ピアソラ 永遠のリベルタンゴ」 12月1日~全国ロードショー

(原題 Piazzolla, los anos del tiburon 2017年フランス・アルゼンチン合作)

ピアソラ 永遠のリベルタンゴ 公式サイト

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画像 映画.comより


■ Libertango in ベルリンフィルハーモニー

https://www.youtube.com/watch?v=GnyAgOWhMnk



■ Libertango「リベルタンゴ」とは、「自由」 libertad と「タンゴ」tango と合わせて ピアソラが作った造語です。

エスニック調味料ナンプラー

ナンプラーとは、タイの魚醤(魚類または他の魚介類を主な原料にした液体状の調味料)です。そのナンプラーを使った美味しい料理をメインに、今日も楽しく学ぶことが出来ました。

ほのりんクッキングスタジオは、今日も元気なオジサンで活況でした。


1.鶏のナンプラー焼 なすのソテー添え

2.シーフードサラダ

3.大学いも

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グリルで焼いた鳥のもも肉は柔らかく、味が良くしみて美味しく戴きました。ビールがあれば最高かも知れません。

ゆでたこ、赤玉ねぎ、ブロッコリーなどを、レモン汁やバージンオイルなどの漬け汁に浸す(マリネ)シーフードサラダはさっぱりとした食感が特徴です。

大学いもは、結構手間が掛かりましたが、ほくほくの美味しさにみんな大満足でした。

※帰宅してから、大学いもの名前の由来を調べてみました。料理教室はトリビア(豆知識)の宝庫でもあります。


次回は、もう12月。今年もプチおせち料理に挑戦予定です。乞うご期待。

2018年11月 9日 (金)

ショパンとリスト

ショパン、リスト といっても作曲家のことではありません。

実はJRA(日本中央競馬会)所属のサラブレッド(競走馬)です。

たまたま、馬名がピアノの詩人「ショパン」と、ピアノの魔術師「リスト」と同じでした。


ショパンは現在活躍中の5歳の牡馬(男の子)です。

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リストはデビュー前の2歳の牡馬(男の子)です。

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2頭とも血統が抜群に素晴らしく、ショパンのお母さんはG1馬エアグルーヴ、リストのお父さんはG1馬ディープインパクトです。

すでにショパンは重賞こそ獲れていませんが、21戦で1着3回、2着3回、3着5回、総賞金6,559万円と活躍しています。

一方、デビュー前のリストはセレクトセールで2億6000万円という評価額が付いた超注目馬です。


競馬の世界ではありますが、ショパンとリストが揃いました。音楽の世界でもショパンとリストは同世代に生きた人で、ショパンが1歳年上でした。

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隠れ競馬ファンの一人として、これからもこの2頭を応援したいと思います。


■ 当ブログ記事 ショパン デビュー? 馬名とクラシック音楽

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